【心地良い雑音を】





「あ、へーすけだっ!」

兵助が校庭の隅を通過していると朗らかな声が響いた。声の主は校庭の、兵助がいる反対側の端から手を振っている。声ですぐにタカ丸だとわかった兵助だがついその方向を見てしまう。
茶に少し金が混じった不思議な色の髪をした同じ委員会の四年生、あれで兵助よりも一つ年上と知った時の驚きは隠せなかった、もちろんその隠せなかった動揺は見事にバレてひどいなぁと笑われ親しくなったのだがそれはまた別の話だ。

表情こそ兵助には見えなかったが、解りやすいヤツの事だ、きっと無邪気な笑顔でいるに違いないと決め付けていた。そしてどうせむこうから走ってくるのだろうという単純な行動も見越してあえて無視して歩き続ける。
実際、委員会顧問の土井先生に呼ばれていたので――恐らく火薬倉庫の鍵の件だろう、気付いたら紛失していると聞いた――急ぐのは当然であったが。
「へーすけ、どうしたの?」
案の定、兵助が予期したとおりタカ丸はとてとてと彼の後をついてきた、まるで大型犬のようだ。
兵助より少し高い目線から見下ろされ、わかってはいるが少し悔しい気持ちになる。
「火薬倉庫の鍵がないらしいんだ、タカ丸、持ってるか?」
「んー鍵?持ってないよ?」
タカ丸は首をかしげて答える、ダメモトで聞いてみたが予想通りだった、四年生とは言え転入したばかりの彼一人に鍵を託すはずがない。
「あ、そうだ!」
もしかして心上がりがあるのか、聞いてみるものだと顔を上げると相変わらず緊張感のない顔が兵助を見ている、それを見てとっさに関係の話だと悟った。

タカ丸はそんな兵助をほっといて一人で賑やかに話を続ける、その姿はとても楽しそうだ。兵助は邪魔してはいけないだろうと黙った。
「あのね、さっきへーすけと同じ学年の人が同じ顔で漫才してた」
それはろ組の不破雷蔵と彼の顔を拝借して生活している鉢屋三郎だろう、学年どころか学園でも有名なコンビだ。そしてさらに言えば漫才と言う名の、本人たちはいたって真面目なやり取りも有名だった。それが面白いのか、と聞き返しそうになって押し黙る。
タカ丸は編入して間もない、初めて触れる世界はなんでも物珍しく見えるのだろう。
「でね、なんか世帯念仏みたいなやりとりだったよ、面白いねあの人たち、双子なの?」
「いや、片方が片方のまねをしてるだけ」
どんなやり取りしてるんだあいつ等…
兵助が質問に答えるだけ答えて黙っているとタカ丸はタカ丸でどんどん話を飛躍していく.。
「そうなんだー、あ、その前はね三木ヱ門と滝夜叉丸が委員会ごとなんでか戦ってたし…」
会計と体育の回りをも巻き込む容赦なし対抗自主トレ、巻き込まれなかっただけでも幸いだがタカ丸はその幸せに気づいていない、もし巻き込まれていたら今頃ここに彼はいないだろう。
「委員長の人たちなんてもう凄く無我夢中でね、怖かったー」
この世界に慣れていても彼らの戦いは傍で見ていたくは無い。兵助はタカ丸の言葉に思わずうなづく。
「そうだそうだ!オレね、今日の午後の授業で初めて火薬の調合したんだ、変な匂いしたけど面白かったよー」
だからどうして先ほどから話が時系列を逆行してるのだろう、おかげで兵助の脳内ではタカ丸の話したそれらがまとまらずにごちゃごちゃしている。

思えばタカ丸はいつも楽しそうに話しかけてくる、内容は他愛ないものが多く二転三転したり、バラエティーに富んでどちらかといえば内容の面白さより人を楽しませる面白さに長けている。
ふと気がつけば話題に置いてかれてしまう事もある、これが彼が得た業のひとつなのだろう。きゃんきゃん煩いが、かと言って叱責するほどでもないのでいつもどおり相槌を打ちながら聞き入る。
そんな兵助の聞き手としての態度がタカ丸の話し手具合を助長させるものだと本人たちは全く知らない。

「ねーへーすけ聞いてる?」
「聞いてるよ、火薬委員のくせに初めて調合って…」
そこまで言いかけてはたと止まる。いや、本当はろくに聞いてなかったのかもしれないと思うと向こうにとても悪い気がした。
「へーすけ?」
「おい、午後の授業に火薬使ったって事は…」
少なくともその時の鍵の行方は誰かが知ってるという事だ。その誰かにその後の鍵の行方を聞けば少しは探索が楽になるし、運がよければまだその人が持っているのかもしれないのだ。
「うん、事務員の小松田さんが倉庫空けてね、委員会のオレが火薬を教室まで運んだよ?」

やっぱりか…

顧問も委員長もそれは予想してるだろう、自分が行く必要は恐らくない。きっともう解決している。
そう思った途端、気が抜けてその場にへたり込む。
「へーすけ?大丈夫?」
同じくしゃがむタカ丸はそれでも兵助より幾分か背が高い。
「あー…そういえばお前、なんでついてくるの?」
「酷っ!!」













解っちゃいるけれど。

















一言
たぶんきっとまだくっつく前。聞き手と話し手ってだけの関係性。
タカくくでもくくタカでも。




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