暴走気味な純情
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※またもや個々の話が短いので一まとめにさしていただきました。





  急に会いたくなって



忍たま長屋の廊下兼縁側に長い影を落として小平太は部屋へ戻ろうとしていた。本日最後の実技の授業の後片付けを体育委員がやらされたのだ。そこへ掃除の後始末をしてる小松田さんと居合わせて…あとは言わずもがな、保健委員並みの不運に襲われた。
小松田さんが持っていた雑巾の絞り汁を盛大に浴びて風呂に入って落としてきたところだ、さっぱりはしたがどうもまだ雑巾のにおいが残ってる気がしてたまらない。

「あ、七松先輩」
声をかけられたので振り返ると一つ下の不破雷蔵がそこに立っていた、両手には分厚い、小平太とは無縁そうな本を抱えている。
「不破だ!なに?長次?」
二人が付き合っているという事を長次と同室の小平太は知っている、他の、よくつるむ四人も例外ではない。
雷蔵は案の定赤面して頷いた、照れているが正直な所がまた可愛いと思う。
「俺も今部屋に戻るんだーいるのかな?」
強引に、雷蔵の手を引いて部屋に戻る、がらりと戸を開くともう灯りをつけて、手元を明るくしながら長次は文机で姿勢良く読書をしていた。

「長次ぃー不破、連れてきたー」
長次も雷蔵も小平太の圧倒的な振り回し具合に見事振り回され呆然としている。
「で、どうしたんだ?不破」
「え…あ、本読んでいたら解らない所があったので…」
長次に聞きに来たらしい、分厚そうな本の、難しそうな内容に答えられるほど小平太の頭の回転はよろしくない。
「だってさ、長次、俺邪魔しちゃ悪いから失礼するよ」
気遣い無用と慌てる雷蔵を尻目にすぐ踵を返して部屋を出る、戸を閉める瞬間、長次の目が妖しく光っていたけれど、気にする事は何も無い。第一小平太がそこまで気付くはずも無い。

再び廊下に立ち、ぼんやりと辺りを見回す、夕日はまだ長い影をそこら中に作っていた。
「あ。俺も逢いに行こ!」
名案だ、と小平太は勢い良く、四年長屋へ掛けて行った。


今日も一日疲れたろうと労いながら滝夜叉丸は戦輪の手入れをする、毎日刃を砥いで、きれいに磨き明日に備える。それがいつもの日課だった。
「…ん?」
なにか、ふいに余分な気配がしたが気のせいだろうと手入れを再開させる。だが、しばらくすると気のせいでは無い事に気づいた。
「…誰だ?」
辺りを見回すと同時に天井から降ってきたのは体育委員会の先輩である小平太だった。

突然の彼の来訪に滝夜叉丸は眼を丸くしてただ驚く、なにも言葉が思いつかないのだ。そんな滝夜叉丸を気にせず、小平太は笑顔で彼に近づく。
「お前気付くの遅いなぁ」
「なっ…」
そりゃ四年生の私が六年生の貴方が本気で消した気配に気付ける訳が無い、と反論しつつ、何故ここにいるか問い詰めたかったが口が回らなかった。
「ずーっと天井裏にいるか諦めて姿を見せるかちょっと迷ったぞー」
からからと笑いながら力任せに頭を回す、本当は、撫でているつもりなのだろうが鍛え抜かれた握力で頭部を固定しながら手を回すため、なでていると言うより回しているのが正直な所だ、体育委員会は全員、この委員長の洗礼を必ず受けている。どうも友人の影響らしいがはっきり言えば迷惑だ。

首から上の感覚が曖昧になりながらも何とか落ち着いた滝夜叉丸は深呼吸をして質問をする。
少し、頬が赤くなっている気もするが、緊張によるものだ、と言い聞かせながら。
「貴方が本気で気配を消したら私なんかが気づくはずありません」
「なんだーいつもはもっと高飛車なのに」
それは学年から見れば、の話、五年生や六年生と張り合おうなだんて微塵も思っていない。
「ところで!なんでここにいるんですか!」
ようやく、一番の疑問に辿り着く、本題に入るまで少々時間を要してしまうのが体育委員長と話す時の欠点だった。
「んー?そりゃもちろん!」
胸を張って、小平太は答える。


『急に会いたくなって』





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  ドアを開けてよ



『戸を開けてよー!』

三木ヱ門が長屋の騒ぎに気付いて駆けつけてみると、友人の滝夜叉丸の部屋の前で六年生の先輩が何人か屯していた。
「小平太、いい加減諦めろ」
「だぁってー仙ちゃんんー」
「小平太、ほら、下級生も見てるから、ね?」
渦中の人、七松小平太は駄々っ子のように部屋の戸にへばりついている、それを引き剥がそうと六年生が屯しているようだ。その中に、ある人の姿を見つけた三木ヱ門はささっと彼に近づいた。
「…潮江先輩、どうしたんですか?なにかあったんですか?」
「いや、俺も良くわからんのだがな…」
こっそり問いかけた先は同じ委員会の委員長、文次郎は少しうなりながら話を始める。


「急に会いたくなって」
素直な小平太の答えに滝夜叉丸は思い切り顔を赤く染めた、普段自分自身がひねくれている分、こういったストレートな言葉には免疫が無く、とてもじゃないが相手が誰であれ遠慮したいのだ。
「なにを…」
いつも通り口答えしようとするが頭が回らず何を答えたらよいのか解らない、ただいつも通り無計画で、突発的に来たのだろう、それだけは解ったので呆れる。

「図書委員の不破と、あと同室の長次が二人でいるの見たらさ」
あの二人は、現在付き合ってる、雷蔵と個人的に仲のよい滝夜叉丸はそれを雷蔵本人から聞かされていたし何より何度か二人で仲良く図書当番している所も見ている。その二人に感化されての行動に余計疑問が募った。
「――…っ」
「滝?」

混乱した滝夜叉丸が取った行動は単純なことで、自分より上背のある小平太を部屋からぐいぐいと押し出してそのまま戸をがっちりと閉めた。
「え?!なに!どういう事?!ねぇ!!」


「……」
三木ヱ門は、よき友人であり、よきライバルでもある滝夜叉丸の本人も気付いてないであろう深層意識へ同情する。
「しかし、あのバカ、屋根裏からまた入り込む、って言うのは考え付かんのか」
これだから筋肉バカは、とバカを連呼する文次郎の言葉を聞いた三木ヱ門はそろりとその場を離れる。
長屋の裏手に移動し、そこからこっそりと滝夜叉丸の部屋へ、屋根裏から侵入した。
「全く、すごい騒ぎに――っておぁ!」

中は既に薄暗く、そこに涙と懐紙でくちゃくちゃになった、彼らしくない彼がいた。いつもの自信に満ち溢れた様子は何一つ無い。
「…わがっている…」
鼻水が詰って声も酷い。とりあえず、涙と鼻水の始末を手伝い、落ち着くのを待った、その間もまだ表では無意味な攻防が続いている。
「話は噂話程度で聞いた、何で追い出したんだ?」
「…よくわからん、取り乱してしまったらいつのまにかそうなっていた」
要するに今は取り返しが付かなくなってしまい、沈静化するのを待っていたらしいのだ、だがそれにしても泣いているのは異常である。

「じゃなんで泣いてたんだ?」
「…それも…解らん」
三木ヱ門は普段から自己中心的な滝夜叉丸にあきれる、これだから肝心なときに鈍いのだ。
「ただ…何故だか知らんが…怖いのだ」
「……」
小平太の、滝夜叉丸への感情が量れず、困惑しているのだ、かといって今三木ヱ門がそれを指摘したところで滝夜叉丸は信じる事無く否定するだろう、それはきっと誰でも同じ結果を招く、自分で気付くしか滝夜叉丸の言う「怖い」から逃げる事は叶わないのだ。
気付いた所で今度は別の恐怖がついてくるが。と三木ヱ門は溜息をつく。
「克服するには向き合うのが一番だぞ」

それは自分に対しても言っているのか。


静かに、来た時と同じように三木ヱ門は部屋を出てまた表に戻る、外はいつの間にか夜になっていた。
文次郎は彼の行動はお見通しだと言わんばかりにたいして驚かずに彼を迎える。
「おう、どうだった中は」
計算高い文次郎の事だ、三木ヱ門が侵入することも、話を首尾よく聞いてくることも計算のうちなのだろう。
「泣いてましたが今は落ち着いてます。何で七松先輩が突然会いに来たのか理解できず、混乱しているようです」
「なんだそりゃ」
大人しく聞いていたかと思えば滝夜叉丸の行動が理解できず思わず口を挟む、そうだ、彼は忍者として真っ直ぐ生きる人だ、滝夜叉丸が泣いていた理由など、彼にとっては理解に苦しむのだろう。

「とにかく、報告は以上です」
文次郎と並んで、先ほどまで自分がいた部屋を外から傍観する。ちらりと表情を窺うと文次郎は遠くを見ていた、ああ、何か考えている、そう思い三木ヱ門は黙って彼の言葉を待った。
「おい!小平太はもうほうっておけ」
何か考え込んでいた文次郎が突然静止の言葉を飛ばす、その言葉に驚いたのは彼を止めようとしていた他の六年だった。
「なんでだよ!」
「元々、これはあいつ等の問題だ」
伊作の抗議を他所に文次郎はすたすたと先に行ってしまう。その後姿を見た仙蔵は文次郎の考えがわかったらしい。少しだけ口の端を上げ笑みを浮かべると同じくその場から離れた。
「ヤツの言うとおりだ、ほら全員散れ、それにもうそろそろ夕飯の時間だ」
仙蔵の、その言葉で空腹感を覚えた野次馬はそれぞれに散っていく、伊作は少しだけ不安そうに小平太を一度だけ見た。
「あんまり乱暴しちゃダメだよ?怪我なんかされたら大変なのは僕なんだから」
穏便にね、と付け加えてやはり心配そうに何度も振り返りながら、最終的には戻ってきた仙蔵と文次郎に脇を抱えられ連行される形で去っていった。





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  どうしてダメなの



一人になった小平太は胡坐をかいて戸へ寄りかかる、何度か開けてみようとしたが内側からつっかえ棒で押さえられてるらしくびくともしない。
いっそ戸を蹴破って、とも考えたが伊作の言葉を思い出して、止めた。
きっと戸の向こうにいる彼はその短絡的ともいえる行動を喜ばない。
「滝ー?聞こえてるか?」
きっと返事は無い。

思ったとおり、いつまで経っても返事は無かった。だが彼が中にいるのは気配がする以上明らかだ。

『ねぇ、どうしてダメなの』

ふぅ、と溜息をついて答えを待つが、やはり返事は無かった。このままこうして待っていたら、いつか戸が開いて、会う事はできるのだろうか。
ただ、会いたいと思ってきただけなのに、なぜこんな事をされるのか、小平太にはわからなかった。もしかしたら嫌われているのだろうかとさえ思ってしまう。
「滝は俺のこと嫌いだった?だから締め出したのか?」
「違います!」
彼らしくない沈んだ声に驚いたのは滝夜叉丸のほうだった、伏せていた顔を上げて思わず声を荒げる、思った事をすぐ考えずに行動する所は体育委員会らしい。

黙って、小平太がいなくなるのを待とうと思っていた滝夜叉丸だったが、近くに誰もいないのと考え無しに声を発してしまったことにより自棄になって言葉を続ける。
「えと…なんで『急に会いたくなって』私のところに急に来たのか…驚いただけです」
言い訳を重ねながら、なぜ自分はこんな事を言っているのだろうと苛立つ、もっとよい言葉があってもいいはずなのに今はそれが思いつけなかったのだ。
「あ、そか、そうだよね、脅かしてごめん!」
予想通り、見事素直に謝ってきた、こういうところは滝夜叉丸には絶対に真似できない。彼の尊敬する所の一つだ。
「急に来たのは…」

図書委員の二人を見たからだろう、と滝夜叉丸は内心その続きを予測するが、小平太は続きを口にしない。
「…来たのは、なんです?」
痺れを切らして滝夜叉丸は自分から聞いてしまう、まさか忘れたとか言うのでは無いだろうかと思いながら。しかし予想外にも小平太は戸を軽く叩いて続けた。
「うん、その前に戸、開けて」

今更天岩戸をしている理由は無い、と続きも気になる滝夜叉丸は小平太に言われたとおり何も考えずつっかえ棒を外して戸を開く。目の前には暗闇に照らされた小平太が滝夜叉丸を見下ろすようにして立っていた、どちらもずっと暗い場所にいた所為で相手の顔は暗くてもはっきり良く見える。
「で?――ってうわ!!」
また聞き返す滝夜叉丸に小平太はいきなりタックルをかます。もちろん滝夜叉丸は小平太の重みに耐え切れず崩れ落ちて部屋にそろってなだれ込んだ。その様はまるで大型犬が力いっぱいじゃれ付いているようだ。たまに委員会内で誰彼構わずじゃれてきたりするが、このスキンシップはそれらと比べればかなりシンプルで過剰なほど、彼を強く抱きしめていた。
「ちょ…痛いです!イタイイタイ!!」
滝夜叉丸の申告が通じたのか、それとも気が済んだのか満足そうな笑顔で、小平太は続きを答えた。


「あのなっ!滝が好きだから来た!」



床に打ちつけた後頭部の痛みが夢ではない事を知らせる。





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  何も考えられない


「…言うだけ言って、帰ってきたのか」
夕食後、部屋に戻った小平太を迎えたのは同室の長次に仙蔵と伊作、留三郎、そして文次郎だった。
呆れる仙蔵に首をかしげながら「うんそーだよー」とあっけらかんと答える小平太。違和感無く彼らの車座に混ざり、胡坐をかく。
「で?返事は?」
そんな仙蔵を横で宥めすかしながら会話を繋いだのは伊作、
「返事?」
まさか、言うだけ言ってもう満足、と言い出すのでは、と全員不安になりながらも代表で伊作が尋ねる、こういう事は彼に任せるのが一番穏便かつ誘導しやすい。
「うん、返事、平は小平太の事好きだって?」
「……」

沈黙し、思案するようなそぶりを見せる小平太を全員が注目する。
「知らない」
仙蔵と文次郎があまりの能天気具合にどうしてくれようかと立ち上がるが彼らよりも大柄な長次と留三郎がそれを背後から羽交い絞めにして止める。
「今度聞いてみるよ」
最低でも向こうの意思を聞こうとしているという小平太の行動に安心した伊作はまだ怒りの収まらないい組の二人に目で「こういってるんだから、落ち着いて」と牽制を仕掛ける。二人も目を見合わせ、確かに短気だった事を反省した。
「…そうだよな、長次のときと比べれば全然もどかしくもなんともないもんな」
いや、あの時はどれほど頭を抱えたか、と続ける文次郎に仙蔵も納得して頷く。
「多少無計画すぎるが、むしろさっぱりしていて聞いてるこっちもすっきりするな」
背後では無表情で二人を見ている長次が恐ろしくて直視できず、目線を逸らす留三郎がいた。


「滝はね、いい子だよ」
きっとまだ夢の世界へ入っていない同室の友人に、なんとなしに声をかける。
あのあと、自主トレにいつも通り赴いて、そしていつも通り就寝した。並べた布団の横にいる友人の顔は向こうを向いて、起きているのか小平太には解らなかった。
「高飛車だけれど、でもちゃんとお礼が言える、挨拶も言える、いい子だよ」
「……」
長次が起きてるのか解らないにも関わらず、小平太は天井を見上げたまま話を続けていた。

あの子は、少しだけ周りを警戒しているだけ、だから高飛車な態度になってしまう。
挨拶の言葉もお礼の言葉も相手を尊重しているからきちんという事ができるのだ。
決して、見下してなどいない。

小平太は言葉で表現できなかったが、生来持っている勘や研ぎ澄ました感覚でその事をきちんと理解していた。
「…好きか?」
短い、単語だけの長次の問いに、やっぱり起きていたと少しだけ笑顔になるが、問いの答えを頭の中で探して愕然とする。
「…わかんない…」

『何も考えられなくて』

「…それだけ夢中になっているんだ」
ああ、なるほど、と納得した。

「長次もそうなんだ?」


わざとらしい寝息が聞こえた。





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  つい、かっとなって



「あ、滝夜叉丸くんだー」
能天気なこの口調はタカ丸だと気付いて声のするほうに振り返る、委員会があったのか五年の先輩と一緒に並んでいたらしいが、彼だけこちらに駆け寄っている。
「どうしたんです?委員会は?」
同学年ではあるが二歳年上という事もあり、いつの間にか先輩たちへのそれと同じ口調を、やや崩したような形で彼に接していた。
タカ丸はああ、と頷いてから振り返って先輩に向かって「お疲れさまです」と声を投げ、先輩も片手を軽く上げた後、すたすたと進むべき方向へ進んで見えなくなった。

「元気ないね」
歯に衣着せぬ物言いで率直に本題に入る、タカ丸の指摘どおり昨日の騒動が原因で沈んでいた滝夜叉丸は黙り込んでしまった。
「…髪が」
「そっちですか!!」
さらりとまっすぐな髪は、滝夜叉丸が見た限りいつもと変わらない、だが、髪結いで髪には煩いタカ丸はわかるらしい。
「え?そっちって事は滝夜叉丸くんも元気ないの?」
髪と本人は別物か!とも言ってやりたかったが、きっと肯定するだろうと思いあえて言わずにおいた、タカ丸は盛大に溜息を漏らす滝夜叉丸を見てその言葉が真実なのだと納得する。
「保健室行こ?」
タカ丸は大丈夫と返事をしようとした滝夜叉丸をひょいと担ぎ上げる、抵抗は無理そうだと諦めて担がれるこの体勢は少々気になるものの、言われるがまま保健室に向かう事にした。


「すみませーん」
タカ丸と彼に担がれた滝夜叉丸が保健室に入ると中にいたのは保健委員長の伊作と彼と向かい合わせに怪我の治療中の小平太がいた。
「平?どうしたの?」
伊作の穏やかな問いに答えようとタカ丸が口を開いた瞬間だった。
「滝!」
小平太の短い叫びが響き、一瞬の後に間合いを詰めて彼らの前に立つ、二人が小平太に驚いている間に伊作も治療中に逃げ出してとすぐ追う姿勢になる、しかし小平太は伊作の意に反して逃げ出す事はせず、目の前にいる滝夜叉丸を引き剥がし、タカ丸を容赦なく宙へ飛ばす。
二人は同じ年で体格もタカ丸のほうが少し小柄と言うだけであまり変わらない、なのにタカ丸は、あっけなくも小平太に飛ばされ、保健室の伊作のいるすこし手前に背を打ち付けて落ちた。
どすん、と言う容赦のない音とそのゆれが保健室を揺らす、微弱な板の振動は小平太に引き剥がされて立たされた滝夜叉丸の足裏まで届いた。
さすが、実技は半端なく強い体育委員長。
そう感心する者はこの部屋にはいない。

「…先輩…?!」
目の前の滝夜叉丸は明らかに狼狽した顔で小平太を見上げた。
奥では痛みを僅かに訴えるタカ丸を伊作が支えている、きっと受身など取る暇はなかっただろう。
「小平太!!」
背後からの伊作の怒号にびくりと肩を震わせ、そのまま振り返る事無く滝夜叉丸をすり抜けて保健室を治療中のまま逃げ出した。
「こら!!」
新たな怪我人、タカ丸をほうっておく事ができず、伊作は深く追う事をしなかった。どの道小平太の治療はもう少しで終わる所だったのだ、今はこちらを優先しようとタカ丸をうつぶせに寝かせて上着を取る。
「善法寺先輩、タカ丸さんは…」
それまでの事に呆気にとられていた滝夜叉丸もようやくわれに帰って伊作のそばへ近づく。伊作はそれに答えるよりも治療をまず優先し、タカ丸に問診を始めている。

「平はどうかしたの?」
しばらくして、幸いにも軽い打ち身だけだと診断した伊作は塗り薬の用意をしながら改めて質問をする。
「ああーなんか気分悪そうだったから俺が無理矢理つれてきたんだー」
同い年とは言え、先輩に向かってもタカ丸の緩やかな口調は変わらない、伊作は気にせず、そうとうなづいて傍に座ってタカ丸を心配そうに見ている滝夜叉丸の顔色を窺う。
「でも、そんなに顔色悪くないから、大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます」
委員長のお墨付きなら大丈夫だろうとお礼を言う滝夜叉丸にその診断を聞いてよかったーと呟くタカ丸。
「大丈夫ついでにお使い頼まれてくれる?」
「はい、なんでしょう?」
伊作は手際よくタカ丸の背に塗り薬を塗りこみながら内容を話す。

「小平太も治療の途中だったから探して連れて来て、多分きみならそんな労力掛からないと思うし」
これが他の六年であれば学園内で激しい闘争を繰り広げた鬼ごっこが強制開催されるだろう、滝夜叉丸なら、小平太の気持ちも知らないわけでもないし、素直にいう事を聞いて、大人しく、無駄なく保健室へつれてこれるだろうと思ったのだ。それ以前にちょうど良く居合わせてくれた人物、という事もあるのだが。
「…わかりました」
やや、躊躇うように返事をして滝夜叉丸は保健室を出て行く。

「ねぇ、久々知センパイにはコレ、黙っててね」
「なんで?」
同じ委員会の先輩の名前を口にするタカ丸に伊作は聞き返す。
「…かっこ悪いから」
可愛らしい強がりに微笑みながらどういう経緯で件の人物に伝えるかを既に脳内で考えていた伊作だった。


保健室から少し離れたところにしょんぼりと大げさに肩を落とした小平太を見つけた。
すぐに見つけられて良かったと安堵しながら滝夜叉丸は彼に近づく。先ほどの行動が不可解だった以上、おそるおそると。
「…先輩」
滝夜叉丸の声に顔を上げた小平太の表情は、もともと豊かな分、解りやすかった。
立派に反省しており、今にも泣きそうだ、あの強引で元気ないつもの表情は微塵もかけらもない。
「大丈夫ですか?」
彼らしくない表情のあまり心配になって思わず声をかけると小平太は首を縦に振った。だが、大丈夫な様には全く見えない。

「…ごめんね」
「?」
呟いた謝罪の意味が解らず、滝夜叉丸は首をかしげる。
「…斉藤、ブン投げちゃって…」
「ああ、それはタカ丸さんに直接…」
謝ってくださいよ、と言う滝夜叉丸の言葉をさえぎって小平太は首を横に振り、話を続けた。
「平がね…斉藤に担がれてるの見たらね…」

『つい、かっとなって…』

滝夜叉丸はその言葉を聞いて昨日の彼の言葉に嘘は無いのだと、嘘どころかそれはあまりにも大きすぎるのだと理解した。
自分ひとりで背負うには些か大きすぎる気もしたが、ここまで素直に気持ちをぶつけられれば応えない訳にもいかない、自分でどこまでできるか少々不安だったが、滝夜叉丸は何かを決意したように深呼吸をした。
「…なら、今度は先輩がそうしてください」
「へ?」
「さあ!戻りましょう」
滝夜叉丸の、小さなつぶやきに呆気にとられている小平太を誤魔化すように滝夜叉丸はぐいと彼の手を引いて保健室へ戻ろうとする、反省しているのかそれとも保健委員長の怒りが恐ろしいのか、普段からいけいけどんどんと周りを振り回している小平太も今は大人しい。

(この人の手綱を握れるのは私しかいないのだ)

そう高飛車になって自分に言い聞かせていたが、その顔は耳まで赤く染まっていた。
後ろにいる彼の人は気付いているのかいないのか、滝夜叉丸の手をぎうと握り返した。










一言

1:+長雷。こへ滝は台風のように自ら周りを巻き込みなれ染めたイメージです。そしてスピード解決。ミステリーも真っ青だ。
2:+文三木。文次郎はヘタレだけれど実は計算高くて予測とかいろいろ立ててるといい。社長と秘書なカンジで(笑)
3:+なし。告白ですね(笑)因みに滝は無意識下では好きですが、この時点でまだ小平太を恋愛対象として見てません。
4:+六年。こへと長次は仲良しこよし。伊作はみんなのお母さん、必殺技は「笑顔でごり押し」
5:+くくちとタカ丸。タカ滝の漫才楽しかったです。タカくくなのかくくタカなのか…

結論:小平太の愛情に応えようとは思ったけれど、自分の自覚はまだまだな滝夜叉丸。なお話でした。
他のCPやキャラを絡められて楽しかったです。






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