忍術学園に噂が広まるのは、ただのおしゃべりよりずっと早い。





【月の滴】





急に気温の下がった秋の寒さで目が覚めたわけではなかった。
天井を見上げた後、ふと起き上がると身にまとっていたせっかくの温みが冷たい空気に拡散して消えてしまった。僅かに身震いして隣を見ると相部屋の友人は夢の中らしく頭まで被った布団を上下させている。
上着を羽織ってしばらくそのままでいたが、やがて頷いて上掛けを払いのけて立ち上がる、いよいよもって寒さが身に沁みてきたが構わずに部屋の入口へこっそりと移動する。

すらりと戸を開けると夜気と共に冷たい風が一瞬頬を撫ぜて部屋に入り込んだ、その冷たさに内心少し焦り、早足になる直前、後ろから声が聞こえた。
「風邪、引かないでね」
振り返って室内を見ても、友人の布団饅頭はそのままで、部屋の中も先ほどと変化は見られなかった。
「大変なのはお前だもんな」
「大変なのは僕なんだから」という友人の口癖を逆手にとって部屋を出た、きちんと戸を閉めて。



外は丁度満月が出ており、見事な陰影を作り出していた、乾いた地面をさくさくと歩いて留三郎は一人そこへ向かう。
学園の端に位置する飼育小屋の裏手であり、風の通りはよいというのに普段から人の気配もなくひっそりとしている場所、そこは墓所にはふさわしかった。
ぐるりと回って小屋の裏手を覗けば案の定、小さな人影が見えた、夜になってもこんな所にいる人物は一人しかいない。
声はかけず、留三郎は静かに歩み寄って彼の斜め後ろに立ちすくんだ、正直なんと声をかけるべきか迷い、思わず足を止めてしまったのだ。

孫兵は後ろの気配に気づいているのかいないのか、声を押し殺してかすかに肩を震わせている。

夕方、人伝で生物委員会が飼育している生き物が一匹、死んだと聞いた。他愛のない噂で真偽は定かではなかったが、今ここで孫兵が泣いているという事はやはり真実なのだろう。様子を見に来て良かったと留三郎は内心ほっとする。

見下ろすと孫兵は寝巻きのまま薄着で何も羽織っていなかった、周りを見回してもそれらしき防寒具はない。留三郎は同じく背後にしゃがみ込んで孫兵を自ら羽織っていた上着で包み込むようにして抱きしめた。
孫兵は少し驚いたようだが、抵抗する事はなかった。そうしてしばらく落ち着くのを待った。



「…寿命、だったんです」
やがて落ち着いたのか孫兵はポツリと呟いた、お互いの表情は体勢のせいでよく見ることは出来ない、留三郎は孫兵が今どんな表情をして声を発したのか解らなかった。
「そうだったのか」
「知っていたんですね」
「学園の噂が広まる速度を侮ってはならん」
留三郎の落ち着いた様子から、事前にそれが知られていた事に孫兵は気付いたらしい、だが更なる留三郎の返事にああ、と納得して頷いた、ここに来て三年にもなるのだから重々その速度を実感しているのだろう。
「寿命だから…仕方がないとは思ってるんです、でも…」
そう言って孫兵はまた黙り込んでしまった、時間という理屈で計れなくなってしまった愛情が溢れているのだろう、震える肩の振動が留三郎にも伝わってきていた。

大切に育てている生き物達が死んでしまうたび、彼が設えた墓所に立つのを知ったのは偶然でもなんでもなく、ただ彼ならそうするだろうという予測だった。
今日も、夕方にその噂を聞いた時に孫兵はきっとまたそこに立つんだと思うと眠れず、気になって、挙句足を運んでしまったのだ。
こういう場合は下手に近づかず、見守る程度が丁度良いのだと知っているというのに、なぜかそれは出来なかった。


留三郎は腕の力を更に込める。
「でも、それじゃ吹っ切れないんだよな」
「…はい」
言葉尻を繋ぐと、孫兵は大人しく頷いた。
悔しい事に、宥める言葉は思いついても慰める言葉が思いつかない。こんなとき、誰ならなんと言うか、と考えてもどれもこれも自分らしくない言葉ばかりしか浮かばなかった。
「すまんな、中途半端に慰められない上、邪魔までして…」
思わず本音を口にしてしまい、もしかしたら戸惑わせただろうかと一瞬ひやりとするが、それは杞憂に終わった。

「いえ、私こそ見苦しくてすみません」
孫兵はくるりと振り返り、留三郎と相対して首を横に降ったのだ、その思わぬ行動に呆気にとられながら留三郎は孫兵に手を伸ばして再び抱き寄せた。
「ほら、冷えて風邪を引いたらどうする」
長い間、夜気にさらされた孫兵の身体はやはり正面側も冷え切っていた。互いの冷たさと暖かさを共有して孫兵は小さくまた「すみません」とつぶやいた、これは風邪を引くという心配をかけた事に対してなのだろう。



しばらくそうしていると冷たい風が何度かざわざわと辺りの木々を揺らして通り過ぎていった、昼間風通しの良い場所は夜も変わらず風の通りが良いらしい。
月の位置は大分変わっているが、それでも彼らを照らすことは忘れていなかった。
留三郎に抱きくるめられながら孫兵はまたぽつりぽつりと話し始める。
「…脱走が、比較的少ない子でした」
「そうか」
飼育小屋の生き物の脱走は日常茶飯事だ、それより少ないというのはあまり比べる意味がないような気もする。

「照れ屋で臆病で…でも甘えたがりだからたまに擦り寄ってきて…」
「ああ」
「擦り寄ってきた時の表情とか、可愛くて、つい甘やかしたりして…」
「ああ」
頷きながら孫兵の背をさする、まるで子供をあやすように、それは得意だった。
「今朝から、おかしいとは思っていたんですけど、お昼には…もう…」
息絶えていたのだろう、それを思い出したのか孫兵はまた黙り込む、留三郎も何も言わずただ抱きしめていた。
「もう…動かなくなってて…っ」

三年は、午後の授業があったからきっと放課後に改めてここに墓を作ったのだろう、そして墓を作った後は他のペット達に心配かけまいといつも通り振る舞い、そうして、夜になってここに立ちすくんだのだろう。それまで彼がどんな思いをしたのか計り知れない。
声が言葉にならずひっくり返っているのを聞きながらそれでも手を離さなかった。
「お前が、そうして逢いたいと泣くだけで、この子は十分幸せだろう」
「…そうだと、嬉しいです」
楽しかった様々な思い出や後悔が入り混じっている孫兵の、その愛情の深さを思って留三郎は「この子」と墓前をふと見ながらその言葉を口にする、孫兵は俯いて表情を見せないまましばらく動かないでいたが、やがてゆっくりと留三郎の背に手を回して抱きしめ返した。まるでその存在と、ぬくもりを、確かめるように留三郎と同じように強く抱きしめる。
そうして短く、当たり前の事を呟いた。














「人間は、皆と違ってすごく暖かいんですね」












ああ、君も同じなのに。




その言葉は口にせず、留三郎は孫兵のぬくもりを確かめた。













一言
初食満孫!うちの食満孫観。はこんな感じです。
タイトルは同名の曲より多少もじって、最後の台詞を言わせたいがための話だったので…いろいろと大変な出来上がりです。





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