【勿忘草色した空】





午前の授業が少し早く終わり、しかし昼食にはまだ早く、仕方が無いので留三郎は用具倉庫の整理にでも行こうとそちらへ足を向ける。
しかし偶然にもすこし遠くではあるが飼育小屋が見える場所に立ち、ふとそちらを見ると孫兵がかがんで何かしていたので留三郎はなんの躊躇もせずに向かう方向を変えた。
「なにをしているんだ?」
素直な疑問と共に彼の懐を覗き込むと一匹の鳥がいた。茶色い羽根で身体を覆うそれはまさにただの雀だった。普段から毒をもつ生き物を扱う孫兵にしては滅多に見ない珍しい組み合わせである。
「…雀?」
「え、あっ…はい」
突然背後から手元を覗き込まれ慌てる孫兵だったが雀を認めて頷いた。
「怪我をしていたので…」
「そうなのか?」
留三郎は孫兵の手の中にいる雀を見るが、怪我をしている様子は見当たらなかった。
「少し前に背中に傷がありました。今はもう全快してます」
きっと木の枝か何かに引っ掛けたのだろう。
下学年からも影で「毒虫野郎」と言われている孫兵が「毒」と名の付かない平和な生き物を相手にしている様を初めて見る留三郎はこれが彼の普段に隠れた一面なのだと思うとほほえましく思う。
「今日逃がしてあげようと思って外に出したんです」
「そうだったのか、良い天気だし丁度良いな」
今日の天気は晴天で雲ひとつない、時々とんびが輪を作って舞っているくらいだ。こんな長閑な天気なら病み上がりでも思い切り羽ばたけるだろう。
「でも、情が移ってしまって…凄く、寂しいです」
そういうと孫兵は寂しそうに雀の頭をなでる、雀も孫兵になれているのかなすがままだ、確かに留三郎の目から見てもそれだけ意思の疎通が図れているのなら放してしまうのは惜しいだろう。
「解ってると思うが、それは元々野生のものだぞ?その雀にとっては外で生きるのが一番良いんだ」
たとえ食物連鎖に巻き込まれてもそれはその種の永遠の運命であり、日常なのだ、孫兵はやはり肩を落としてわかっていますと呟いて雀を乗せた掌を空に少しでも近づけようと高く上げる。
「ほら、もう、お行きよ」
何度か掌を揺らして、雀も少しだけ躊躇いながらようやく飛び立った。

冴え渡る青空に吸い込まれていくように雀はあっという間に黒い影になって消える。

それを最後まで見送った孫兵は寂しそうなものの、雀が無事元気に飛び立ってくれたので安心して嬉しそうな表情をする。
「寂しくても、お前があの雀を助けたという事に変わりはないし、雀だってきっと忘れないさ」
孫兵と一緒に空を見上げて雀を見送った留三郎は呟く。
一瞬だけ、孫兵は留三郎のその横顔を見て、また視線を空へ返す、その空にもうあの雀の姿はなかったけれど。





「先輩も、忘れないで下さい、あの雀の事」
「え?」
急な言葉に留三郎は思わず視線を空から孫兵へと移す、孫兵は空を見上げたまま笑っているので、同じくまた空を見上げてああと頷いた。

















雀の事、忘れなかったら、僕の事も忘れないでしょう?













一言

突発食満孫。ゆえに短い。いろいろ体験談とかを元に。

どうでもいいが、作中の時間軸は明らかに正午前後なのに、タイトルどおり「勿忘草色」の空なら明らかに夕方近くだろうというオチ。






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