春、進級した彼らはまた、顔を合わせる事になる。
学年が持ち上がっても、顔見知りで仕事も慣れている所為か委員会も昨年と変わらないままの生徒がおおい、雷蔵も長次も例外ではなく、今年度最初の図書委員会会議でまた顔を合わせた、周りを見渡しても見知った顔ばかりで見知らぬ顔は新入生くらいだった。
その新入生たちの、長次への第一印象は決して良いものではなく、遠巻きにしている彼らを見て雷蔵は苦笑する。

(優しい人だけど…やっぱり気付かれにくいんだなぁ)









【響く音度】






「――カウンターに一定の量がたまったらそれぞれを本棚に返すんだ、場所はね――…」
新学期最初の当番の日、雷蔵は新入生に仕事内容を説明しながら図書室を歩いていた。
一年生も少しぶかぶかの着慣れない制服を着たまま雷蔵についていく、変人奇人が集まる学園内でも穏やかな性格で物を教える雷蔵に早くも尊敬のまなざしを寄せてしきりに頷いている。
カウンターには同じくその日の当番のメンバーである長次が通常の作業を手際よく行っている、本来ならば雷蔵よりも年長の長次が一年生に仕事を説明する手はずで、他の曜日のメンバーもきっとそうしてるであろうが、雷蔵は自分の体験上、ここは長次ではなく自分が教えたほうが良いのでは、と思い、恐る恐る提案するとすんなりと賛成されたのだ。
どうやら長次も昨年の事を考えていたらしい。

「基本的なことはこれ位だから、あとは順を追って僕らに聞いて、このメンバーでこの曜日は固定だから」
「はい!ありがとうございます」
新入生が出来そうな一通りの仕事を教えてカウンターに戻ると作業が早いはずの長次がまだ終わっていなかった。
手元を見れば一年生でもできそうな極簡単な仕事である、そんな仕事さえも終わっていないとは彼らしくないと思ったが、やがて雷蔵はそうかと長次の意図を悟った。
そんなさりげない気遣い、果たして一年生は気付くのだろうかと思いながらも、きっと彼は気付かれなくても良いんだと思っているんだとなぜか解った。
「先輩、説明が一通り終わりました」
「……」
思ったとおり長次は頷いてカウンターから離れて書庫に向かう、訳も解らず首をかしげている一年生を雷蔵は手招きして呼び寄せた。
「じゃ、早速先輩が残した仕事、やってみようか」
「え…はいっ!」

やや緊張した面持ちの一年生をどうにかなだめすかしながら長次が残していった簡単な作業を終わらせる、するとタイミングよく長次も書庫の方から戻ってきていた。
「……」
「はい、もうすぐ終わります」
無言で何か語りかけてくる長次にさらりと答えると一年生は驚いたように目を大きく見開いた。
「あ、中在家先輩は無口だからね」
「いいえ、えっと――なんで…」
どうして無口な彼の言いたい事が解ったのだろうと聞きたいのだろう、雷蔵はああ、と意図を汲んで頷いた。
「一年もすれば自然とわかるようになるよ」
ね?という微笑みに騙されて小さな少年は頷く、その間、長次は我関せずと雷蔵が一年生に教えて終えた仕事をチェックしていた。
無言のままじぃと辺りを見るその下手すれば恐怖とも取れる表情は慣れていてもやはりすこしひやりとしてしまう。

二人並んで年長者の判定を待っていると長次は何かに頷いてこちらに振り返る。
それを見て強張る二人の頭を長次は順番に撫ぜてから無表情のまままた頷いた。
「……」
どうやら大丈夫そうだという彼の意図を汲んだ雷蔵はほっと一安心し、その雷蔵の様子を見て一年生も安堵の表情を浮かべる。
「大丈夫だって、良かったね」
「…っはい!」
へらっと笑ってみたが、順に頭を撫ぜられた一瞬、なぜか胸に薄暗い靄がかかったような気がした。
ただ、それについて悩み始めると止まらなくなると自分でも重々承知していたので、深くは考えない事にした。



委員会が終わってもその靄が消える気配は無く、雷蔵は徐々にそれがまた気になり始めた。
きっかけはよく覚えていないが委員会中で、下級生に仕事を教えていたときだった、思い返してみてもそのときなにか変わった事は別になった気がする。
「雷蔵ーせめてメシは食え」
「え…あ、ごめん」
はっと我に返ると手元にはほかほかの夕食が並んでいた、隣にはいつもどおり三郎が陣取っていて、今は夕食の時間だったと思い出す。
「おばちゃんに悪いもんね」
苦笑しながら箸をつける雷蔵を三郎は疑いの目つきでじっと見る。

「…なに?」
「今度は何に悩んでいるんだ?」
何かに迷いだすと三郎が一番に気付く、そしていつもその迷いを解消してくれようと話を聞いてくれるのだ、雷蔵はいつもの事だと別段驚く事も無く答える。
「んーわかんないんだ」
「なんだそれ?」
「だからさ、まずその原因がわからなくて悩んでるんだよ」
今はとにかく食事をしたかった雷蔵はそれきりその話題を持ち出す事無く、三郎もそれならどうしようもないと諦め、大人しくなった。


確かに仕事を教えたのは初めての事で緊張とかしたけれど、でもなにか迷うような事は無かった気がする。
仕事を教えたらいつも通りの作業をこなして、そして先輩に褒めてもらって…
「あれ――…?」
夜になり、布団の中に入っても記憶を探り、雷蔵はある事に気づいた。
驚きのあまり思わず上体を起こして首を捻る。
三郎に聞こうと隣の布団を見るが、もぬけの殻だ、恐らく厠かこっそり自主練してるのだろう。
抜け駆けだと思いつつも雷蔵は今自分が気付いたその事を忘れないようもう一度反芻する。
「靄がかかったのは先輩に褒められてから、だ…」

言葉にすると曖昧だった記憶はより鮮明に蘇り、雷蔵は満足してそうだそうだと繰り返す。だが、なぜそれで靄がかかるのかはわからない。
「褒められるのはいつもと同じだし…」
違うのは、と思いあぐねてみるがいつもと違う点は一年生の存在だけでそれがどんな影響であるかは全く解らない。
「う〜ん…わかんないなぁ…」
靄がかかったことと一年生の存在の影響。確かに記憶は鮮明に蘇ったが、蘇った分、別の不明点が次々と浮上してくる。
いつもの迷い癖は大抵二択か多くて四択であったのでどれかを選べばよかったが、今回のはいつもと違い、どう答えを見つければよいか戸惑ってしまう。

「あ!そっか、先輩が別の人を褒めてるのを初めて見るんだ!」
二つのことから考えられるのはこれしかないと両手を合わせて音を鳴らし、ぱっと笑顔になる。
「え…?でもほかの人褒めてるの見て、なんで靄が…?」
折角解ったというのにまた別の疑問が浮上する、答えをはっきりさせたいという気持ちは十分にあるのだがいい加減にうんざりしてしまう。
「先輩だって上級生だし、下級生を褒める事なんてきっといつもの事だろうし…僕だって去年からよく撫でられていたし…」
そういえばあの本の第三部、面白かったなと雷蔵は考え事から脱線する。
その本がきっかけであの怖かった先輩と馴染む事ができたのだ、作品の面白さ以上の思い出があのシリーズにはある。
思えばあの時から撫ぜられるようになったのだ、という事は彼が心を許した人間にする癖でもあるのだろう。

「ああ、あの子は初日にもう許されてたんだ…」

彼に馴染めなかった原因は主に自分であるのだが、それでも初日にもう既に馴染んだ彼らをうらやましいと思ってしまう。








「いいなぁー…」
















◇◆◇

「なぁ、三郎」
月明かりの射さない屋根裏で、八左ヱ門は苦笑しながら巻き込んだ友人の名をもちろん小声で呼ぶ、下で靄と必死に戦ってる雷蔵に気付かれないためだ。
三郎はなんとも言えない顔で八左ヱ門を見た、きっと叫び出したいのを必死に堪えているのだろう。
「あれでまだ気付いていないぞ?大丈夫なのか?」
先ほどから、雷蔵の独り言を二人で盗み聞きしていたのだ。
正確に言えば一人で聞く勇気が無いと三郎に夜中にも拘らずたたき起こされてここまでむりやり連れてこられた八左ヱ門には元から盗み聞きする理由はなかったのだが。
「…絶対、気付かせない…」
「こらこら」
わがままな三郎の返答に思わずたしなめようとすると、正に同じ言葉が別方向から聞こえてきた。

慌ててそちらを見やれば一つ上の先輩が同じく天井裏の、雷蔵のいる部屋の真上で人差し指を立てて「シィー」とジェスチュアをしている。
「善法寺先輩…?!」
もちろん小声だが、盗み聞きがばれた二人の心拍はせわしくなった。
「どうしてこんな所に?」
八左ヱ門がこっそりと聞くと、伊作はいつもの笑顔を浮かべて答えた。
「友達の様子がおかしくって、原因探ってたらここに辿り着いたんだ」
四年生の、伊作のいるグループは個性が際立った人物たちばかりで有名だ。
「友人って――」
八左ヱ門の予測に伊作は名前を聞かずともそう、と頷く。
「皆で競争して探ってたけど、僕が正解みたい」
晴れやかな笑顔で珍しく不運でない事に伊作は喜ぶ。確かに彼の不運さを知ってるものからすればこれは珍しい事だ。

「大丈夫だよ、僕はこの事を自然の成り行きに任せるから、ね?鉢屋」
いよいよ自分の予想が当たっていくことに不機嫌そうにしている鉢屋を宥める。
「黙ってるって事っすか?」
ようやく口を開いた鉢屋はやはり不機嫌を隠せず八つ当たりにも近い喧嘩腰だった。
八左ヱ門は「先輩に向かって口が悪い」と言いたげであるがそれが三郎のスタンスなのだから改める気は全くない。
「見守る、かな?どうしてもって時は背中を押すよ」
少なくとも僕はね、と言い残して伊作は足音を忍ばせて梁の上を上手につたい、去っていった。
願わくば帰りに不運な目に合わない事を祈るばかりである。



「…だとさ、三郎」
二人、取り残された八左ヱ門と三郎は再び真下の雷蔵の様子を探る。
静かになっている事からいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「三郎は?どうするんだ」
「……」
八左ヱ門の質問には答えず、三郎は部屋に戻り、布団についた。






一言
雷蔵がすっごい鈍い自覚きっかけ話兼「壁の悪魔〜」の続きです。
長雷度が低くて申し訳ないです…;;





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