ああ、ああ、飛んでいきたいよ





今すぐ――…






【Fly】








「……」
夢と現実の境を何度も行き来しながら三木ヱ門は何度目かわからない現実に引き戻される。
ぼんやりとする頭で辺りを見回し、そこが自分の部屋である事を確認するとまたまどろみが襲ってくる、それの繰り返しだった。

昨夜の、同室の友人と一緒に眠りについた事は覚えている、その後、急に騒がしくなり、気がついたら日も高く上って長屋に人の気配が消えても三木ヱ門はまだ布団に突っ伏していた、そこでようやく自分が体調が悪いのだと現状を把握した、恐らく急に騒がしくなったあの時、同室の友人が三木ヱ門の異変に気付き、人を呼んでいたのだろう。
夢うつつの合間に風邪かと思ったが、昨夜の時点では風邪の初期症状はまだ無かったはずだ、むしろいたって普通だった。

熱でぼんやりしていたが、ようやく数日前、実習中に受けた傷が元で熱がでているのかもしれないと思い至る、確か痕に残りそうにもない程度の浅い傷で塞がるのも早かったので特に治療らしい事はせずほうっておいたのだ。
きっとそれが原因で化膿して熱を出しているのだ、迂闊にも程がある。
傷はもとより、熱の所為で体中の節々が痛みを伴い悲鳴を上げている、その痛みに耐え切れず三木ヱ門は僅かに呻いて布団の上で転げる、起き上がる事はできない。
原因に気付いた今、痛みにも気付き、夢へとまどろむ暇は与えられなかった。
「〜〜っ…」
痛みと夢に引きずり回され、三木ヱ門の意識はさらに曖昧になる、彼にはもうそれが夢か現実かも判別できないでいた。
















ありえない、幻を見る。










夢も現もわからない彼に、その幻は一瞬だけ本物の様に見えた。
意識の混濁している彼がそれが幻だと気づいたのは、その幻が、天地がひっくり返っても起こり得ない現実だったからだ。

明らかに四学年の制服ではない、深い森のあるいは底の見えない湖のような緑色の制服。

不景気そうな、ともすれば恐ろしい、目つき。

その目つきどころか、顔すらぼんやりとしてよく解らないはずなのだが、どうしてかその幻が誰だか解ってしまった。

三木ヱ門は彼の名を呼ぼうと渇いた口を開く。


「――…」


汗で水分が飛ばされたのだろう、声は掠れて出る事はなかった。

幻はゆっくりと手を伸ばし、三木ヱ門の前頭部に乗せる。




…彼が手を触れる感触は…無かった。





やはりこれは幻なのだと三木ヱ門は頭のどこか、自分さえも見えない隅のほうで冷静に「ありえないのだから当たり前だ」と笑う、そうだ、彼が逢いに来るなどありえないのだ、逢いに来るわけない、逢いに行かなくちゃ…早く…



逢いに行かなくちゃ――…














その幻は、三木ヱ門が幻だと自覚しても尚、消える事無く、まるで体中の痛みから彼を守るように、三木ヱ門が再び意識を夢に取られるまで、そこで彼の頭に手を乗せていた。

◇◆◇

委員長の様子が変だった。
ええと、違う、変です。だ。

多分、自信は無いけれど、原因はあの火器マニアの田村三木ヱ門先輩のことだ。
田村先輩は昨日の夜中、傷口にばい菌が入った所為でひどい熱がでて、ずーっと寝込んでいるらしい。
どうしてこんなに詳しいかって言うと不運…じゃない、保健委員の乱太郎が委員長の善法寺先輩から今朝、聞いた話だそうだ。
授業でも土井先生が傷には注意する事、って言ってえーと…なんかその処置について言っていた、気がする。難しくて正直覚えてない。

あ、ええと、話が良くわからない方向に行っちゃったけれど、とにかく、潮江先輩の様子が変です。

やたらそわそわしてるし、仕事してるかと思えば算盤を上の空でありえない数値で弾いてるし、それをこともあろうに神崎先輩に指摘されるし、それでもぼーっとしてるし、左吉と悪戯心起こして筆を投げたら…まぁこれは流石に避けたけれど、そしてしこたま怒られて頭にたんこぶができたけれど。



そんなに気になるんなら、会いに行けばいいのに。




二人がね、好き合ってるの知ってるよ、会計委員会のみんな。
応援もしてるよ、大好きな、尊敬する先輩たちだから。
僕ら全員、二人の下で仕事ができてよかったって思ってるよ。
でも、真面目だから、変に割り切っちゃうから。

それって僕はすごく損な事だと思うんだ。

あ〜あ、勿体無い。

さっき、たんこぶ作られた時にもちょっと言ってみたんだ。
「会いに行けばいいのに」って、
そしたら「誰にだバカタレ」って言われてそれでお仕舞い。
先輩は、まだそわそわ落ち着かないでいる。
誰に、なんて、言われて「田村先輩に」って答えてたら…先輩はどうするんだろうな。
会いに行ってくれるんなら、言うけど…げんこつが飛んできそうだな…それはもう勘弁。
隣にいる左吉にどうしようかと目線を送ったらげんこつに懲りたのか「もうほっとく」と嫌そうな顔をしてきた。
なんだよ。

「…ちょっと、休憩します」
「おう」
立ち上がりながら言ったらちゃんと聞こえていたのか潮江先輩が返事をした。
上の空なのに、日常にもついていけるって、すごいけれど…もの悲しいなぁ。
「あ、ついでなので田村先輩のところに言って様子見てきます」
「…熱でうなされてるだけだ、会っても無駄だろう」
「見てくるだけですから」
ああ、どんな状態だかわかってるから見に行こうとしないんだ。
もうあとは元気になるのを待つだけだから自分がどうこうしようとか、考えてないんだ。
多分、潮江先輩は田村先輩に会いには行かないんだろうな…
田村先輩が元気になって、この部屋に来るまで、会わないんだろうな…

ああ、やっぱり勿体無い。

結局、田村先輩のところには行かないで、厠にだけ行って、戻ってきた。
左吉も神崎先輩も、潮江先輩も「おかえり」とで迎えてくれた。
けれど、潮江先輩は、田村先輩の容態を聞かなかった。
聞いてくる左吉に「ごめん、やっぱり行かなかった」と答えると少し残念そうに「そうか」と呟いてた。
普段、仲の悪い神崎先輩も、遠くで耳を澄ましてた。
なのに、潮江先輩は…

でも、なんでだか解らないけれど、潮江先輩がこれだけ淡白な行動をとっても、
田村先輩が好きじゃない、とは思えないんだ。
むしろ、ずっとずっと好きに見えるんだ。
そう見えるのは僕だけかなぁ??
そんな僕の心配を他所に、潮江先輩は今度はぼんやりと格子窓から外を見てる。
ああ、あの人の事を想ってくれていたら、嬉しいなぁ




数日後、田村先輩は元気になった。


けれど、潮江先輩は遂に田村先輩のところに、行くことは無かった。



















格子の窓から、空を見ながら、太陽を見ながら、想う。


ああ、ああ、飛んでいきたいよ



今すぐきみの元へ。














一言
「幻が見えるほど、幻を作ってしまうほど、逢いたい、けれど逢えない(逢わない)」平たく言えば生霊の話(笑)
もんじならきっと生霊出せるよ!!普段がああだもの(失礼)






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