【たった一つの答え】





珍しく、大好きなペットたちが逃げる事無く、いつもよりスムーズに小屋の掃除も餌の用意も終わらせた孫兵は、同じ生物委員の先輩である八左ヱ門の姿を探していた。
時間が余ったので手持ちの解毒剤の調合を手伝ってもらおうと思ったのだ、保健委員や校医の新野先生に頼んで作ってもらう事もあるが、孫兵の場合は責任感からか一から書物で調べて、たまには人に聞いたりして、解毒剤を自分で作っていた。

やがて生垣越しに見慣れたボサボサの髪を見る。
探していた人物だと知るや否や孫兵は首に巻いていたジュンコにホッとしたような笑顔を向け、そちらへ足を向けようとした。
「あれ――…」
まだ緑の青い生垣の向こう側にいる八左ヱ門は縁側に座り、その隣には最上級生である伊作が、並んで座っていた、お互いに頭巾を取り、団欒しているようだ。
保健委員長でもある伊作がいるのなら、解毒剤の調合にはもってこいのタイミングであるのだが、孫兵はなぜか先へ進む事を躊躇する。

一見、真面目そうに話しこんで、恐らく後輩であろう竹谷がいろいろしてくる質問に、伊作が丁寧に答えているのだろうが、醸し出す雰囲気が、どうにも割り込めない空気を作っていた。
「邪魔しちゃ悪いのかな?」
いつも通り首に陣取っているジュンコに語りかけるが、彼女が真面目に返事をしてくれたためしは無い、半ば独り言のようなものだ。
孫兵は、その言葉通り、解毒剤なんていつでも用意できるのだからと言い聞かせ、後で改めて声をかけようと離れた、これでする事がなにもなくなってしまい、要するに暇になってしまった。
どうしようかなど悩む隙は微塵もなく、真っ先に自分専用に誂えた飼育小屋へ行って、彼らの世話をしようと思い立った、大抵、そうしてうっかり逃がしてしまうのだが孫兵はそんなことなどまったく気にしない。
彼にとって、大好きなペットと戯れる事の方がよほど大切な事なのだ。

ひと気のない学園内の端、そこに飼育小屋はある。
すこし離れたまだ人が近づきやすいところには生物委員の飼育小屋もあるがこちらは孫兵のペット専用で、進んで立ち寄るのも孫兵くらいだった。
元々はこの小屋も生物委員の物であったのだが、孫兵が入学し、彼のペットが増えるにつれ、こちらの飼育小屋をペットで侵食し始め、今となってはこちらの小屋は「伊ケ崎孫兵の飼育小屋」と言われている。

しかし、今日は珍しく先客がいた、少し驚いたがその正体が学年も委員会も違うのになぜか親しい留三郎だと知ると急に安堵を覚えて孫兵に背を向けている彼に駆け寄った。
「こんにちは、食満先輩、どうしたんですか?」
「あ?ああ、同室の伊作に頼まれて、生物委員に注文されてた解毒剤を届けようとしたんだが、肝心な時に生物委員を一人も見かけなくてな…」
孫兵が近づいてきた事に気付いていたのか、留三郎は驚くことなく質問に答える。
だが、よく考えてみれば普段孫兵しか踏み入れない場所に足音を立てて近づいたのだ、気付かれて当然だろう。

「お前なら、マメにここに来るだろうと思って待っていたんだ」
孫兵がこの小屋を離れていたのは先程竹谷を探していた僅かな時間で、見事にすれ違っていたのだ。
「とにかく会えてよかったよ、これを委員長に渡しておいてくれないか?」
しかしそんなすれ違いに気付かず、留三郎はずっと左手に持っていた巾着を差し出す。
孫兵は両手でそれを受け取った、果たして誰の趣味なのか解らないちりめんのかわいらしい模様はまさか解毒剤が入ってるようにはとても見えない。
「はい、わざわざありがとうございます」

「しかし…なぜ探すとなると途端に見かけないんだか…」
いつもならどこかしらにいるというのに、と留三郎はひとりごちる、それを聞いた孫兵は先程、竹谷を見た事を思い出す。
「生物委員…そう言えば竹谷先輩ならさっき善法寺先輩と話してるのを見ましたよ」
それ以外の生物委員は確かに留三郎の言うとおり、孫兵も見かけなかった。
孫兵のその言葉を聞くなり、自分よりも先に生物委員会と接触していた伊作にがくりと項垂れる、お使いがすれ違ってしまった事が悔しいようだ。
「邪魔しちゃ悪いかなと思って遠くから見ただけですけれど…」
「え…?」
苦笑しながらの孫兵の言葉に、眉を寄せながら留三郎は孫兵を見下ろす、孫兵はその留三郎の様子がおかしい事に首をかしげた。
「え…?なんでしょう?」
「いや…」
慌ててしまったと視線を逸らしながら留三郎はどう言い繕うか首を捻る、うーんと唸る彼に孫兵は気になるあまり問い詰める。

「気になります、教えてください」
「…という事は知らないんだよな?」
孫兵に心当たりがないと知ると余計に留三郎は首を捻る。
やがて、決心したようにゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「伊作と、竹谷のこと、知っているか?」
「いいえ?」
もう少し上の学年で、勘がよければ例え知らなくてもこの時点で留三郎が何を言いたいか薄々気付くはずであるが、生憎と十二歳で、しかもその方面にはとんと疎い孫兵に、それがわかるはずがなかった。
留三郎はこれで気づいてくれない事に溜息をついて、さらに言葉を選ぶ。

「二人は好き合っているんだよ」
留三郎のその言葉を聞いてもなおもぴんと来ず、孫兵はきょとんと純粋な目で説明を求める。
留三郎はここまで言っても孫兵が理解してくれないことにどうしようと次の説明を考える、諦めずにこんこんと説明してくれるのが、彼の良い所でもある。
「ええとな…あの二人はお前がジュンコやこの小屋のペットたちを大切に思うのと同じ気持ちで相手に接しているんだよ」
「それはお互いになんですか?」
ようやく理解した孫兵はああ、とうなづいて次に進む質問をする、それを聞いた留三郎は安心したような表情になり、孫兵の質問に答えた。
「ああ、でも二人とも、相手も自分の事が好きなんだって気づいていないんだ」
「僕はジュンコやみんなが僕を好きなんだって気づいてますよ?」
それに関しては自信がある。名前を呼べば大抵姿を見せてくれるし、ジュンコに関して言えば自ら首に巻きついてくる時だってある。

だが、そんな孫兵に対し、留三郎は一瞬だけ目を逸らし、咳払いをした。
「さっき邪魔しちゃ悪いと言ったろう?だから俺はお前が二人の事に気づいてると思ってしまったんだよ」
話題を変えたことに見事引っかかった孫兵は目の前の疑問にただ首を横にかしげる。
「気付くとなにかあるんですか?」
「え?!いや…特にはないが…ただ、人の恋沙汰に気付いてるなんて珍しいと思ってな…」
それ以上は孫兵に失礼かと留三郎は声をフェードアウトさせ、押し黙る。
孫兵はその言葉に不愉快だとは思わなかった、逆に留三郎の丁寧な説明でなるほどと納得してしまったほどだ。




だからあの時、彼らには割って入れない雰囲気があったのだ。




好きな人との時間を、邪魔されたくは無いから。




それは孫兵にも良くわかった、そしてそれが「恋愛」であるという事も初めて知った、それは先程留三郎は同じ気持ちと言ったが、あくまでも物の例えであって、本来は恐らく孫兵がペットを好きであることとはまた少し違う好きであるのだろう。
「あれが…恋ですか」
改めてその雰囲気を思い出す、他者の介入を明らかに拒絶しているが、その他者を不快にさせる事無く気まぐれに巻き込んでは笑顔にさせる、穏やかで暖かいそれは孫兵が今まで立ち会ったことのない不思議な雰囲気だった。

確かめるように呟いた孫兵の言葉に留三郎は理解してくれたかとばかりにやや安心したような表情でこくこくと頷いて答える。
「え…?ああ、そうだ」











「じゃあ、もし、僕が恋をするのなら、先輩が良いです」















「は…?!ええっ?!」
突然の、脈絡も何もない孫兵の言葉に留三郎はただ呆気に取られている。
その頬が赤い事に孫兵も気付いたが、なぜ赤くなっているのだろうと思うだけで気にも留めない、ニコニコと留三郎を見上げている。
その様子から、まだ僅かに「恋」について誤解があるようだが、それを解いてくれる人物は残念ながらいなかった、頼りの留三郎すら赤面しており孫兵の間違いに気付いていないのだ。








ジュンコも、ジュンイチも、三四郎も、ジュンもネネも、花男も花子も、大山兄弟も、みんな、みんな、とても大切。

だけれど、ああいう、不思議で長閑な雰囲気をもし誰かと作るとしたら――…



それは貴方とがいいです。





















一言
孫兵の天然発言で振り回される留三郎、孫兵視点は難しいです…!!この子はどこまで天然なのでしょう?とか。
ほのかに竹伊。竹伊と食満孫はセットでないと進まない(笑)




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