図書室へ移動中、周りがなんとなく浮き足立っている気がした。
何かあったのだろうとは思ったが、それ以上知ることに興味がわかなかったのでそのまま図書室へ入ると、カウンターの内側で同じく今日の図書当番である一年の二人が嬉しそうな表情でなにやら会話をしている、もう一人雷蔵がいるはずだとすぐ見回すとさほど離れていない本棚で返却された本を戻しながら二人の会話を見守っていた。
「オレは乱太郎としんべエと行くんだ!」
「へぇー…楽しそう…」
「…楽しそうならその顔どうにかしろよ」
嬉々としながら語るきり丸の隣で怪士丸はまるで病人のような青ざめた表情で同じくはしゃいでいるようだ。

「あ、中在家先輩、こんにちは」
まず先にこちらに気付いた雷蔵が挨拶をしてくる、きり丸と怪士丸もそれに気付いて会話を中断して挨拶を続けた。
「……」
「あ、明後日の休みに、麓で大きな盆踊りがあるんですよ」
一年達の会話を不思議に思っていたのが見抜かれたのか、雷蔵が早速とばかりに説明をしてくれる、それで校内が浮き足立っていたのかと納得して頷いた。
それを見たきり丸と怪士丸はまた会話を再開させる、屋台で何を買うか考えているようだった、それを微笑ましそうに見守っている雷蔵の隣に立って小さく囁く。
「…行くか?」
気配無く近づいた所為か一瞬だけ身体を強張らせたが、振り返ったときには顔を真っ赤にさせて驚いていた。
それもまた一瞬で次の瞬間にはいつも通りの笑顔になって雷蔵は頷いた。




【ディンドン・ディンドン】




長い長い夏の夕方、ケラケラとまるで笑い声のような蜩の鳴き声を聞きながら峠を下り、ふもとに付く頃にはそれに加えてかえるの鳴き声やお囃子の楽曲も混ざっていた。
日中とは違った涼しい風が身体をすり抜けていく感覚がする、普段着慣れない浴衣はなんとなくくすぐったい。
隣にいる雷蔵も浴衣姿で、気楽そうに着こなしている。
祭りの会場は例年通り切り拓いた森の中で、中央には櫓が立ち、その上で学園からも聞こえる楽曲を鳴らしていた、下ではそれを囲うようにして人がごった返している。
一歩入れば深い森の手前では屋台が並び込み合っていた、普段から混雑に遭遇する事無く図書室で過ごしている自分たちにとっては唖然とするような光景だった、どうしてよいかも解らず立ち尽くしてしまう。

「流石に混んでいますね」
辺りを見回しながら当たり前の事を呟く雷蔵の隣でじっとしてると視界には先程から学園の生徒がちらほらと映っている、この付近の住人や学園の生徒がいるとなればここまで混雑するのも頷けた。
「折角来たんですし、一回りしますか?」
答える代わりに手を差し出す、雷蔵がこちらを見上げた後、はにかみながら同じく手を差し伸べる、その細長い手の感触を確かめるように握ってからゆっくりと歩き出した。
特に目的も無いのでそのままただ歩けばいいと人ごみの流れに乗ってはみたが、どうも全員歩調が心なしかゆっくりで歩きにくい、何度も前を歩く人にぶつかりそうになる。

「あれ?」
流れの端々から見える屋台で見覚えのある姿を見つけたらしい雷蔵が思わず足を止める、思わず手が引っ張られこちらもそれに習って立ち止まった。
「あー中在家先輩、雷蔵先輩」
屋台の内側にいるきり丸は甚兵衛に法被を着ていた、明らかに商売人モードである。
一昨日、確かいつもの三人組で行くと言っていたはずと思っていたが、きり丸が手招きをするので人の流れから外れ屋台に近づく、どうやら定番に心太を売っているようだ。
「いかがっすかー?」
抜け目無く進めてくる所はいつも通りだ。
こちらもいつも通り無表情でいると隣から雷蔵がきり丸に首をかしげながら問いかけた。
「それより、乱太郎としんべエと行くって…」
「…ああ、誰も遊びに、なんて言ってませんよ?商売をしに行くって言ってたんです」
よく考えてみれば確かに祭りと言うイベントを前に稼ごうと思わないきり丸などいるはずが無い、なるほど、と雷蔵を見下ろすと雷蔵も同じくこちらを見上げており目が合ったのでお互いに頷く。

「でも二人は?」
屋台にはきり丸一人しかおらず、乱太郎もしんべエの姿も無い、雷蔵の更なる質問にきり丸は大げさに溜息をついて答えた。
「さっきいい匂いがするってしんべエが飛び出して…乱太郎がそれを追ってそのまま戻ってこないんすよ」
という事はそれからずっと一人で接客をしていたという事だ、きり丸は当たり前のようだったが雷蔵が不安そうである、空いている右手を伸ばしてきり丸の頭を軽く撫でる。
「あまり、無理はするな」
ただでさえ騒がしい祭り会場だ、きっと聞こえないだろうと思ったが、そこは図書委員、雷蔵もきり丸も何を言っているかをすぐに理解したようだ。
きり丸は少し照れたように笑っていた。
「も…もちろんっすよ、アルバイターは体が資本っすからね!」
「二人が戻ってくるまで手伝おうか?」
平気だと言っているがきり丸の事だから銭金の事が絡めば多少の無茶はお構い無しだろう、もちろん同じくきり丸の行動などお見通しで後輩思いの雷蔵は手伝いを申し出た。
「えっ…あ、いや…」

「あ、雷蔵先輩!」
「中在家先輩もだぁー」
しどろもどろなきり丸を助けるようなタイミングで後ろから声をかけられる、その気の抜けるような明るい声はと雷蔵と一緒になって振り返ると思ったとおり、きり丸とおそろいの甚兵衛を着た乱太郎としんべエだった、二人とも両手にリンゴ飴を持っている。
「二人ともどこ行ってたんだよ!あ、先輩、もう大丈夫っすよ」
口調こそ怒鳴ってはいるがその顔はどことなく明るい、二人が来たのだから安心だろうとこちらがホッとしてる間に、乱太郎としんべエはごめんと口々に言いながら屋台の内側へ入っていく。
「はい、きりちゃんにあげる」
「マジで!」
お土産、とは言わずにあげる、とより効果的な言い方で乱太郎はきり丸に片方のリンゴ飴を渡す、しんべエはと言うと二つとも自分用のらしい、既に一つは食べ終えていた。

「じゃあ、頑張ってね」
「はーい、ありがとうございます」
珍しい事だが、心配までしてくれた先輩に心太を売りつけるのも気が引けたのだろう大人しいきり丸に見送られる、雷蔵は苦笑していたがどこか安心していたようだ。
再び人ごみの流れに乗るが、ふいに何かを思っていたのか雷蔵が顔をこちらに向けて少し笑った。
「…やっぱり、帰りませんか?」
目的も無いので別に構わないと頷くと同時に外へ向かって歩き出し、すぐに祭りの会場から抜け出した、性に合わないという事ではないが、やはりここにいるよりは学園のほうが落ち着くのだ。

外は人が少ない分涼しく、時折吹く風が心地良かった、あの人ごみを歩いていた所為か少し汗をかいていたらしい。
一歩歩くごとに祭りの喧騒が遠ざかり、小さくなっていく、打って変わって田畑を音源とする虫と蛙の合唱が騒々しくなってくる、日没の余韻と東から上っていた月に照らされた道は白く浮かび上がり、よく見えた。
最初はこれから祭りに向かうのであろう人の波に逆らうように歩いていたが、やがてその人の波も途切れ、学園の敷地に入る手前の峠では二人きりになる、峠道は両側が森に覆われているためそれまでよりずっと暗くなっていたが、見えないほどではない、なにより通りなれた道だ、迷うことも無いだろうと躊躇う事無く先を歩き続ける、田が無くなり森だけになった所為か蛙の声が先程よりずっと小さく、遠い所で聞こえた。

隣の雷蔵を見下ろすと些細な、本人でさえも無自覚であろうがほっとしているようだった、だが、人ごみが苦手と言うわけではないはずだ、むしろ流されやすい性格からか人が集まる事は好きだと知っている、一昨日のあの日も祭りと聞いて楽しそうにしていたほどだ。
それが何故、あんな短時間でゆっくりする暇もなく、自分から突如帰ると言い出したのか、もしかしたら無言でいるこちらに気を使わせてしまったのかもしれない、折角賑やかな場所に来たというのにそれではさぞつまらなかっただろう。
「…すまなかったな」
「えっ!なっ、何がです?」
雷蔵は動揺しながら答えるが、これは図星の動揺ではなく、心当たりのない動揺だ、読み違えたかと首をかしげながら補足する。
「つまらなくさせたと…」
あの三人組のように友人達と行けば気兼ねする事無くもっと楽しめたかもしれないのだ。
だが雷蔵は空いている左手と首とを思い切り左右に振り、否定する。
「いえ、あの、違うんです…!こちらこそ、折角誘っていただいたのに…振り回してしまってすみません…」
後半の謝罪については全く意識していなかったのでとりあえず今は置いておくとして、それならばなんだったのだろうとうなだれている雷蔵を窺うようにこちらも僅かに身を屈める。

じぃと見てるとその視線に気付いたのか雷蔵はやや仰け反るように慌てて顔を上げたのでこちらも屈んでいた姿勢を元に戻した。
違うとはっきり言えるのだから、きちんとした理由があるのだろう、無言のままいつも通り問いかけるが雷蔵は言いにくそうに困った表情をしている。
「迷うならいいが…」
彼が悩み出すと止まらない、学園でも有名な話である。
いつもならある程度予測できた場合、悩まないように誘導する事もできたが、こうしてふいに悩まれてしまった場合の対処は今の所「悩むならやめてもいい」と言う助言しか出来ない。
「いえ!あの…声が…」
急かされたと思ったのか、雷蔵はしゃべり出した、急かしたつもりはなかったが、結果的に理由を聞く事ができるようなので黙っているとしどろもどろになりながら話を続けた。
「祭り会場が騒がしくて…その、先輩の声が聞こえなかったので…」
あの会場で話したのはきり丸への一言だけだ、それ以外は聞こえない事が解っていたのであえて話す事をしなかった、第一雷蔵なら大抵の事は無言でも解ると思ってもいた。
「それなら会場から出た方がいいって思ったんです」

虫の声などで決して無音ではないが、それでも祭り会場のような喧騒ほどではない、うっとおしかった人の気配は限りなくゼロに近く、冴え渡ったこの空間で凛と声を発してる雷蔵の存在が心地良かった。
「…解るだろう?」
それまで同じ委員会で付き合いが長い分、こちらが黙っていても、顔に出さずとも、微妙な変化を読み取る事が上手い、今更聞こえなくても意思の疎通は問題なく理解できるはずだ。
「はい、でも先輩の声も、それを聞くのも好きなんです」
いつも通りの笑顔であったが、頬は赤く染まり、繋いだ手が先程からどんどん暖かくなってきている、照れているのを必至に押し隠しているのだ。

「不破」
「はっ…はい?!」
いきなり呼ばれ動揺したようだ、声がひっくり返っている。
「楽しかったか?」
何を言われるか身構えていたようで、若干の間があったものの、雷蔵は笑顔になってうなづく。
「はい…!」
「ただ歩いただけだが?」
「それでもです」
心底、嬉しそうに答えてくれたのが嬉しかった。
更に言えばきり丸とも話したが、それも会場で歩いていた時間のうちのほんの僅かに過ぎない、祭りに行ってやったことと言えば「ただ歩いた」だけしかないのだ。
「そうか、誘った甲斐があった」
「はい、ありがとうございます、それなのに勝手に帰るなんて言って…」
「いや、不破がいいなら、それでいい」
彼の口から謝罪の言葉が出てこないように遮って首を横に振る。
実際に、雷蔵さえ良ければどう振り回されようが構わないのだ、ただ、向こうが遠慮して振り回さないだけなのだから、こういう事は珍しかったし正直嬉しかった。

「次の祭りも、一緒に行くか?」
次は稲を刈る秋の季節、雷蔵は笑顔で首を縦に振った。
「はい、絶対行きましょう」
また、人で混み合うのだろうし、きり丸も商売してるのだろう、わかっていたがここまで喜んでいる雷蔵を、もう一度連れて行かないわけにはいかないだろう。
「約束だな」
「約束ですね」
指きりの代わりに繋いだ手をより強く握り締めあう、ふとこのまま離れなくなるような感覚がした。
「今から楽しみだよ」
少し、誰も読み取れない程度に笑うと、ようやく気付いたらしい雷蔵が途端に眉をしかめる。
楽しみだと言うのも正直嬉しいが、気付いてくれたもの嬉しかった。
「あの…」
「なんだ?」
元々悪意は無いし、隠す気も無いので素直に聞き返すと、その反応に一瞬だけ自信をなくしたようで視線を彷徨わせる、だがやはり確乎たる自信があったらしくすぐに、恐る恐る問いかけてきた、心なしか頬の赤みが幾分か戻ってきているようだ。
「いつもより、しゃべってますよね…?」
予想通りの言葉に、このために取っておいた言葉で返す、やや得意気に聞こえたかもしれない。












夕闇の余韻はいつの間にか消え、森の木々に隠れた月の光がうっすらと辺りを照らしている。
虫の鳴き声は相変わらずで、時折吹く風は多少熱気が篭っているが涼しく、賑やかで静かな空間で。



「好きだと言ってくれたろう?」
























一言
えー…長次視点です…雷蔵、雷蔵言いすぎだお前!!


お祭りについては、時代背景無視の方向でお願いします(笑)タイトルは太鼓の音からなんとなくディフォルメ、こんなのしか思いつかなかった…




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