【夢視る夜明け前】





まだ夜の明けきらぬ、薄暗い廊下を雷蔵は足音を忍ばせながら図書室へ向かっていた。
課題で必要な本がないと気付いたのはついさきほど、偶然にも目が覚めまどろんでいた最中だった、助かったと思いながらも今から図書室に向かい目的の本を手に入れれば間に合うと起き上がり、急いで身支度を整えて出てきた次第である。

容易く手に入れた職員室で管理されてる図書室の鍵を差し込んで回すとかちりと音がする、これは鍵が開いた音ではなく閉まった音だ、首をかしげて再び回すとかちりと鍵の開く音がした。
戸を慎重に開いてようやく入れるほどの隙間から図書室へ滑り込む、この北側に位置する空間はいまだ光の侵蝕を受ける事無くいまだ暗闇のままだった、たった二箇所、雷蔵が入ってきた廊下からの薄暗い光と、カウンターの奥にある作業場から煌々と漏れる明かりを覗けば。

誰かがいたから鍵が開きっぱなしだったのだと雷蔵は一人納得しながらそのもう一人の気配を感じながら気遣うように戸を閉める、果たしてこんな時間に鍵のかかった図書室に入り込んだのは誰なのだろうと、確かめる気持ちで光を頼りに作業場を覗き見れば、雷蔵の一年先輩であり、図書委員長である長次が胡坐をかいたまままるで瞑想しているように目を瞑り、眠っていた。

彼ならば委員長と言う立場上、個人で図書室の鍵も所有しているので夜中でも休みでも、いつでも侵入する事ができる、納得しながら更に手元を見れば広げられたままの巻物がいくつか広がっている、調べものか、趣味かは知らないが読むのに夢中になり、自分に睡魔が忍び寄ってる事さえ気付かなかったのだろう。
長次も、雷蔵と同じく制服でもある忍装束のままで、このまま何も羽織らずにいれば風邪を引いてしまうだろう、しかし起こしてしまうには気が引けた。
どうすべきかしばらく迷ったがカウンターの下に薄手の毛布が仕舞ってあった事を思い出し、それをかけようと取り出す、大柄な長次には少し小さいかもしれないがないよりはマシであろう。

長次の睡眠を妨げないように雷蔵は静かに気配を押し殺しながら作業場に入り込む、この一つ上の先輩の事だ、ちょっとした物音や気配で簡単に起きてしまうのだろう、こんな何も無い時間こそゆっくりしてほしいと思う雷蔵はそれだけはしてはいけないと細心の注意を払った。
長次の前に立ち、ふわりと毛布を広げ慎重に背中から肩にかけてゆっくりと覆いこむ、腰の辺りまで毛布の端が届いてないのを見て、やはり小さかったかと思いながら雷蔵はしゃがんで長次の寝顔を覗き込む、顔をしかめているようでもなく、安らいでいるようでもない、いつも見る無表情のままの寝顔であった、その様子に安堵した雷蔵はああ、いつも通りだと笑みを浮かべたが、そのまま首を傾ける。
(…あれ?本当に寝てるのかな…?)
あまりにも眠っているようには見えないので不安がよぎったのだ、もしこれがただ目を瞑っているだけであれば自分のした事は恥としか考えられない。

「……」
自分がいたという事を気づかれないように、と雷蔵は立ち上がり、そそくさと作業場を出る、暗闇の中で目的の本を探し当て、これまたそそくさと図書室を後にした、どのみち職員室から無断で拝借した鍵だ、長い時間使っているわけにはいかない。
長次が起きないように慎重に、しかし急いで雷蔵は図書室を後にした。


◇◆◇


何かの気配がしたのでうっすらと目を開ける、目の前には広がりっぱなしの巻物が散らばり、それまで途切れていた記憶が甦った。
そうだ、寝入り端に気になった事があり、それを調べるべく図書室に向かって巻物を広げたはいいが、調べたい事柄が増えに増えていつの間にかそのままの体勢で眠ってしまっていたのだ、傍にある灯りがまだ眩しい事から夜はまだ明けきっていないらしい事が解る。

薄目のままぼんやりしているとふいに人が近づいてきた、上手く気配を消していたので気付くのが遅れたがどうやら雷蔵のようだ、なぜ彼がここにいるのだろう?
顔を上げて訊ねようとした矢先、ふわりと背中に何かがかけられた、そうか、まだ眠っていると勘違いしてカウンタにおいてある毛布を肩にかけてくれたのかと雷蔵の行動を推測する。
このまま起きても良いが、そうすると雷蔵は申し訳なさそうに謝るのだろう、そんな顔をして欲しくはなかったのでもう少し、寝たふりする事を決め込む、幸いにも微動だにしなかったので向こうはまだなにも気づいていないようだ。

目を細めて雷蔵をこっそりと盗み見ると残念ながら口元しか見えなかったが、自分のした事に自信をもったのか満足そうににこりとその口元を上げて笑っていた、ああ、その上を、全体を、見る事ができないのが口惜しい。
しかし、彼がどんな笑顔を浮かべているか容易に想像がついた。
そんな笑顔を浮かべていたかと思うとふいに首をかしげて不思議そうにこちらを見つめる、本当に寝ているのか疑いを持ったようだが、すぐに逃げるように立ち上がって作業場を出て行った、しばらく図書室内に微かな気配はあったものの、それもやがて消え、さらりと図書室の戸が閉じられる音を聞き、誰もいない事を気配で探り当ててからゆっくりと目を開いた。


ああ、惜しい事をした。


あんなにも近くに雷蔵がいたのなら、やはり寝たふりなどせずに腕をとり、引き寄せて、抱きとめて、この場に留めればよかった。

それができたと言うのになぜ寝たふりなどしてしまったのだろう?


ああ、惜しい事をした、惜しい事をした。


次からは寝たふりなどせずそうしよう、いや、でもやはりこれでよかったのかもしれない。
彼がかけてくれた毛布のおかげで肩に冷えがなくなった、あの優しい笑顔。
ああして笑いかけてくれるのなら――…




――また、懲りずに図書室で居眠りをしてしまおうか――?












一言
多分、付き合ってるのだと思います、ああ、でもどっちかと言えば長→雷。

雷蔵、妻と言うよりむしろオカン…!!





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送