【続・夢視る夜明け前】





ぱたりと本を閉じて軽く伸びをする、北側に面している図書室に月明かりはここまで届かず、時間の感覚が曖昧になる。

夕方、いつも通り図書当番をこなしていたが、閉館間際になって書庫の本が一冊、いつの間にか紛失していた事に気付いたのだ。
図書に関して人には厳しく、本には優しくを貫く委員長の下、それはまさにあってはならないだったが、運よく当の委員長は実習で一昨日から不在であった。
今夜戻る予定だそうだがそれまでになんとしてでも見つけなければと慌てて探し始めたのである。
同じ当番であった後輩も手伝ってくれると申し出てくれたが翌日テストがあると聞いていたのでそちらを優先させるべきだと閉館後いつも通りに返し、たった一人で暗い書庫の中を一冊の本を求めて奮闘していたのだ。

書庫は主に貸し出し禁止の、珍しい本が溢れている、もちろん無くなった本もその珍しい一冊で南蛮文化について詳しく述べられている洋書であった。
分類していた棚からいつの間にか消えており、もしや誰かが間違えて別の棚に入れてしまったのかと端から順に灯りを近づけて探すがいっこうに見つからない、棚には和とじの背表紙や巻物等が並ぶだけである。
書庫を棚どころか部屋の隅々まで虱潰しに探しても見つかる事はなく、盗まれた可能性をふと、頭によぎらせる、それこそあってはならない事であり、あの図書委員長を知っている学園関係者にはまずありえない事だ。
拭い去れない最悪の事態を考えつつ、捜索範囲を図書室全体に広める。
流石の忍術学園とも言うべきか、学園長の私物や様々な所から取り寄せられた蔵書のために取られた「図書室」のスペースは書庫や封庫を含めて食堂の倍はある広さだ、それを今から一人で探すのかと思うと溜息すら出てこない。
既に夜を向かえ、今頃食堂では生徒達が賑やかに夕食を摂っているのだろう、果たしてあの喧騒で自分に気付かない者はいるのだろうかと思いながら図書室の棚をくまなく探し始める。
やはり書庫と同じく和綴じの背表紙が目立ち、洋書は区分された場所にしかない、その中でもやはり紛失していた本は無かった、思い切って封庫まで足を運び同じように端から探し始めるが結果も同じであった。
「…どうしよう…」
無音の世界にはっきりと響き渡ってしまった自分の声に驚く、それは久しぶりの声でとてもかすれていた、かすれ声から疲れを自覚してふうと溜息をつく。
いっそこの辺で切り上げて正直に謝ろうか、はたして許してくれるだろうか、盗まれたのだとすればどこにだれがこんな事をしたのだろう?疲労からかぐるぐると悪い事ばかりが脳内を巡る。
最後の砦だとカウンター付近も閲覧者席付近も捜索したが見つからなかった、悪い思考は更に回転速度を上げる。
半ば涙目になりながら衝立で仕切られたカウンター奥の作業場へ足を踏み入れる。
「……あった」

作業台の脇に積まれている修理す予定の本の中に、それは極自然に溶け込んでいた。
それまで緊張していた糸が切れてへなへなとその場に座り込む、手を伸ばしその本をとってここにしっかりと存在している事を目から皮膚から感じ取る、夢や幻などではい、よく見れば本文と背表紙が僅かに外れかかっている、それを直そうとした誰かがここに積みっぱなしであったのだ。
そこまで把握していなかった自分の浅はかさを呪いながらぱらりと何気なく本のページをめくる、南蛮文化はやはり日本から見れば奇妙で非常に興味があった、面白い文章には素直にくすりと笑い、気がつけばそれまでの陰鬱な気分が全て吹き飛んでいた。

ぱたりと本を閉じて軽く伸びをする、北側に面している図書室に月明かりはここまで届かず、時間の感覚が曖昧になる。
そういえば捜索に一生懸命になるあまりどれくらい経っているのかさっぱり解らない、首をかしげたがそのうち本が見つかった安堵からか睡魔に襲われる。
辺りを見回し、気配を探り、少し位ならいいかと灯りを消して作業台に突っ伏して眠りについた。

◇◆◇

ぼんやりと明るい事に気づいて目を開く、確か火は消したはずだ。
上体を起こすと背中に違和感を感じた、肩越しに見てみればカウンターに常備してある毛布がしっかりとかけられていたのだ。
「え…?あれっ?!」
灯りが付き、背中には毛布、明らかに自分以外の人物がいた証拠を突きつけられて慌てて作業場を見渡すとすぐ傍に図書委員長が本を片手にこちらをじぃと見ていた。
「なっ…中在家先輩!」
戻ってくるのは夜中のはず、という事は当に日付は変わっているのだろう。
まずお帰りなさいと言うべきかと口を開くが、それはあっけなくさえぎられた。
「…話は聞いた」
「え…?」

「本を、無くしたそうだな」
無表情のため、その言葉にどんな感情を込めているのかが解らず不安になる。
「え…あの、実はその修理待ちの中に紛れていて…勘違いしてたみたいです!…お騒がせしてすみません」
どれほど厳しく責められるのだろうかと思わず俯く、しかし降って来た言葉は意外な言葉であった。

「すまなかった」

「へ?」
顔を上げるとやはりまだ無表情のまま、彼は手元にあった本を閉じる、ぱふんとその音が良く響いた、よく見るとそれは探していた本であり、手元にあったはずなのにいつの間にか彼の手に渡っている、毛布をかけられたことといい、全く気付かなかったのだから忍びとして失格である。
「一昨日の出発前…直そうと作業台脇に積み上げていた」
本をあの場所に置いたのは彼だったのだ、正体が解りホッと溜息をつく。
「話を聞いて…それを言い忘れた事を思い出した、すまない」
「いえ!こちらこそ…!」
一体何が「こちらこそ」なのだか良く解らない、そもそもこちらが謝罪する側だと思っていたのだが逆に向こうから謝られてしまい、その切り替えが上手くいかず混乱しているのだ。
委員長は下げていた頭をゆるりと上げてこちらを見た、目が合ったがそらす事は出来なかった。
そのまま伸ばされた右手がさらりと左頬に触れる感覚を覚えた、その手は混乱し赤面している頬よりも暖かく、指の先までそのぬくもりは行き渡っていた。

話を聞いてここにいる、という事は全てお見通しなのだろう。

夕飯を食べていない事も、必至になって本を探した事も、安心して子供のように眠りこけてしまった事も、そしてその眠りの深さも。
すべてわかっているのだろう、そう思うとテストで些細なミスから悪い点を取ってしまったような、それが知られてしまったような、居たたまれない恥ずかしさが込み上げてくる。

そんな気恥ずかしさなどお構いなしに右手が触れている頬の感触を確かめるように撫ぜてくる、その心地良さに身を委ねて目を瞑ると口付けをされる、いつの間にか腕をとられ、引き寄せられ、抱きとめられ拘束された。
耳元で、唇が振動すると同時に声が聞こえる。
「…この前と逆だな」
果たしてこんな事が前にもあっただろうかと温かい腕の中でぼんやりと首をかしげるがすぐに先日の事を思い出す、さぁと血の気が逆走した気分だ。

もしかしてあの夜明けに図書室に忍び込んだときの事だろうか?

「あの…まさかとは思いますがあの時起きて――…」
ぎうと抱きしめられるあまり彼の表情は背中にあるので良く見えない、だが頷いた気配を感じた。
「あ!やっぱり起こしてたんですね?すみません…!」
身を捩じらせ腕を突っ張り、何とか彼の顔を少し下の位置に見ながら謝る、だがこの体勢ではなんとも格好がつかない。
彼はと言えばこちらの謝罪など気にも留めないように再び力強く抱きしめる、抗えず突っ張っていた腕は外されまたもとの体勢に戻ってしまった。
「…この前の時に…こうしていれば良かった」
胸に押し当てられた鼻から土と草のにおいを嗅ぎ取る、そういえばお互い制服のままだ、こちらはともかく彼が実習で帰っても制服にまた着替えるのはおかしい、ましてや夜だ、着替えるのならば寝間着にだろう。

「先輩…もしかして…」
実習が終わってすぐに僕が本を探してる事を聞いたんですか?着替える間も惜しんできてくれたんですか?
「……」
無口無表情な彼ではあるが、決して無反応ではない、リアクションがないことに首をかしげて横顔を窺うが、いつも見る無表情そのままで目を瞑っていた、眠っているのだ。
安心してくれたのだろうかと、自惚れて良いのだろうか。
そうであったら嬉しいなと素直に喜びながら、それを隠す事無く笑顔を作り、恐らくこの実習で新たに出来たのであろう頬の傷に口を寄せる。





「…お帰りなさい、先輩」













一言
本当は前作でほっぺチューするはずだったのですが、解釈により割愛、しかし書きたい!
…という願望のための作品。相変わらずラヴラヴしてない。





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