優柔不断な癖が災いしたのかもしれない。

大抵一学年の時からずっと同じ委員会に入っている生徒が多い中、僕はこれという委員会がなくこれまで四回、違う委員会に所属していた。

そして、五回目は図書委員になった――




【ぼくにとって特別なきみへ】




この年の図書委員長は六年間ずっと図書委員だったという先輩になった、六年も続けていられるなんて正直凄いと思う。
その人は中在家長次先輩と言ってそれまで関わる事のなかった人だけれど、無口で無表情で図書室のルールにとても厳しい等と言う噂だけは聞いていた、間近で改めて見る顔は傷だらけで愛想と言う物が全く感じられない、ともすれば怖いとも取れるほど表情がなかった。
初めての図書委員という事もあって僕は一年生と一緒に委員長である中在家先輩と同じ日に当番を組まれ、貸し出し手続きや本棚の整理、そしてちょっと苦手だけれど本の整備を教わった。

でも一年生と五年生では授業過程が全く違う、だから僕は一年生とは別に中在家先輩から一対一で教わる事が断然多かった。
実際この人の傍にいてみたけれど噂ほど無口無表情と言うわけでは無いらしい、人と比べてちょっとしゃべらない位で僕には普通に話しかけて教えてくれる、先輩の声は低くて空気が震えるのがわかる、どこか安心感があって僕はそれを聞くのが嫌いではない。
ただ、どうしても僕以外の人が会話に混ざると途端に口数が減る、多分、対多人数で話すのが苦手なのかもしれない、だから無口だなんて言われる様になったんだと思う。
表情については…確かに無表情って言うのは概ね当たっているのかもしれない、いつも眠そうだけれど真面目な目つきでじぃと見ている、たまに見られる事があるけれど…正直どきりとする。
ただ、時折見せる笑顔…と言うにはちょっと程遠いけれど、穏やかな表情は声と同じでやっぱり安心感をもたらしてくれる、中在家先輩はきっとそういう本質を兼ね備えた人なのだ、だけど残念な事に顔と社交性のなさがそれを阻害させている。


「――じゃ、不破と二人きりだとしゃべってくれるんだ?」
一昨年所属していた保健委員が縁で親しくなった伊作に尋ねられ、雷蔵は多少「二人きり」と言う表現に抵抗を覚えながらこくりと頷く。
「はい、そうですけれど…善法寺先輩は違うんですか?」
まるで伊作と一緒の時はいつも通り無口でいるような言い回しに違和感を覚えた雷蔵は逆に質問で返す、伊作はし返された質問に答えるべく腕を組んでううんと唸った、怪我人の多い忍術学園ではあるが、治療も授業の一環として習うため程度の軽い位で保健室を利用する者はそれこそ下級生位だ、その下級生も怪我をするような実習がないため結論を言えば保健室は暇な時間のほうが多い、今が丁度その時間帯らしく先程から伊作の淹れた自作のお茶を飲みながらこうして雑談をしているのだがいっこうに利用者が来る気配は無い。
「そうだねー…六年間仲良しだからね、ちゃんとしゃべる時は喋ってくれるよ」
クラスを超えて何故だか今年の各委員会の委員長同士は仲が良い、それを少しうらやましいと思いながら「そうですよね」と頷く。

それを見た伊作が何か言おうと口を開いたが運悪くコィーンと時刻を知らせる間延びした鐘の音が響いた。
「あ、次の時間実習なんだった…!」
慌てて立ち上がる雷蔵を見上げるようにして伊作はにこりと笑う。
「そうなの?頑張ってね」
ひらひらと手を振る伊作に見送られ雷蔵は「ご馳走様です」と言いながら保健室を後にした。


そんな雷蔵と入れ違いに入ってきたのは留三郎、右手を押さえている。
「どうしたの?」
「孫兵のペットにやられた、薬をもらえるか?」
押さえられていた手の甲にはしっかりと蛇の噛み跡が残っていた、傷口からしてジュンコのものに間違いなさそうだ。
「またジュンコだね、痺れる?」
「もう慣れたさ」
留三郎がジュンコに噛まれる事に慣れているのと同じ位、伊作もジュンコの毒の処置に慣れていた、てきぱきと治療を施しながら余った口で雑談を交わす。

「聞いてた?」
気配は雷蔵と喋っている時からあった、留三郎はいきなり確信を突かれて動揺を見せたが咳払いをするとうなづいた。
「聞いた、いい子じゃないか――」
「でしょう?」
「孫兵の次に」などと余計な惚気をほざかないうちにとばかりに伊作は笑顔で返す。
友人の腹黒い笑みに気圧されながら留三郎は視線をそらした。
「まぁ、しかしアレだな、前から気になっていたヤツが急に身近になったら…誰だってはしゃぐよな」
話題を変えた事に半ば呆れながら伊作は手馴れた手つきで包帯を巻く、その手つきはいつ見てもまるで踊るかのように鮮やかだ。
例えこの仲間内であっても長次は滅多に話さない、気心の知れた分解ってくれると甘えているところもあるのだろうが、雷蔵への接し方のように口数を増やした事はほとんどない、つまり先程伊作が雷蔵に対して言った事は嘘なのだ、ただ多少雷蔵が勘違いしてくれるように言い回しは変えているが。

いつからだったか、もしかしたら明言する事はなく全員雰囲気で感じ取っていたのかもしれないが、長次が一つ下の後輩である雷蔵に特別な感情を抱いていると知っていた、もちろん仲間内が知っている事は長次本人も気づいている、その雷蔵が今年になってようやく図書委員へやってきた、この偶然に友人達は手放しで喜んだのだ。
「よっぽど嬉しかったんだよ」
「ああ、あと今の会話、声だけ聞いてて思ったんだが――…」
「なんだい?」

きつくもなく緩くもない、丁度良い加減の右手の包帯を眺めながら留三郎はポツリと呟く。
「不破もまんざらじゃなさそうだ」
あくまで声だけでの判断であるが、長次の事を語る雷蔵の口調がどこか嬉しげであった、それを聞いた伊作は「ああ」と頷いて留三郎の意見を肯定する、どうやら伊作も同じ事を思っていたようだ。
「表情を見てれば明らかだよ、本当、長次とは正反対だね、怖いくらいにわかりやすい」
それは、忍びを目指す者としていかがかと思うが人間性としてならば嫌悪されにくい性質だ、あの素直さに伊作もどれだけ和まされたかわからない。
「中在家はその変化に気づいていると思うか?」
「うーん…不破は誰にでもああやって接してるからね、違いも大差ないし本人も無意識みたいだからどうだろう?」
特別な人がとる特別な態度、気づかないようではそれまでだ。


「不破」
もう少しで集合場所である運動場に着くというときに呼び止められ雷蔵は足を止める、声の先には長次がじぃと雷蔵を見ていた、どきりとした雷蔵は咄嗟に顔を伏せる。
長次は少し不思議そうに首をかしげたがすぐに雷蔵へ近づいてきた。
「中在家先輩」
頬が火照るのも構わず自然と浮かんだにこやかな笑顔に長次も釣られて穏やかな表情を浮かべる、本人は笑っているつもりなのだろうがあまり「笑って」いるようには見えなかった。

「これから授業か?」
「はい、実習なんです」
長次はそうかとうなづく、その様子を見て雷蔵は自分に用事があったのではないかと首をかしげた、もしかしたら図書委員の仕事を手伝ってほしいという要請なのかもしれない。
「あの…なにか御用でしたか?」
「いや、なんでもない」
普通の受け答えにやはり二人で喋っている分には他と大差ないのだと確信しながら雷蔵は先ほどまで伊作に話していた内容を脳内で繰り返す。
「実習か、頑張れ」
「――はいっ」
前の年まで名前しか知らなかった、言葉すら交わさなかった先輩に励まされどうしてこんなにも心が躍るのか雷蔵自身も解らない、だが嬉しいに変わりは無いので満面の笑顔で返事をした、それを見た長次は雷蔵の頭を撫ぜる。
「あ、ではそろそろ集合時間なので…」

ふと頭から手が離れた隙に暇の言葉を告げる、もっと時間があればよかったなどと思いながら。
長次も少しだけ表情を曇らせ静かに頷いた。
「そうか、行ってこい」
「はい」
長次に見送られ雷蔵は運動場へ向かって走り去っていった。


「昼間から仲良しだな」
「……」
後ろから声をかけられ口を閉じながら振り返ると土まみれになった文次郎が珍しく一人で立っていた、どうやら自主トレをしていたらしい。
「ああ、仲良しだ、少なくとも去年会計委員会で同じだった俺と話しているときより笑顔で仲よさげに見える」
まだ微かに見える雷蔵の後姿を見送りながら文次郎は長次の無言の訴えに反論する、こうも付き合いが長いと無言でも何を言いたいのか解るのだから腐れ縁とは恐ろしい。
長次は同じくそれを見送りながら文次郎の答えを聞いて首をかしげた。
「……」
どうやら文次郎の言う「笑顔ではない雷蔵」が信じられないようだ、二人でいるときの雷蔵はと言えば今のように真面目でよく笑い、それは他の人間に対しても同じで、それが長次の知る「不破雷蔵」であった。

「いや、笑顔でいるのは変わりない、それはあいつの性格だからな、だがお前と話しているときの方がずっと笑顔だ」
後に「まるで比べ物にならない」と続けながら含んだ笑いを漏らす。
文次郎に雷蔵の笑顔の程度を指摘され長次はまた首をかしげた、どうやら程度については考えた事がなかったらしい。
そもそも図書委員会でしか一緒にいる事ができないのだ、たとえ長次の前で破格の笑顔を雷蔵が見せたとしても、もしかしたら長次のいないところでもその笑顔を見せているのかもしれないと思っていたのだ。

考え込む様子を見て文次郎は呆れた様に溜息をつく。
「あのな、去年一年間同じ委員会だったが、俺はあれほどまで笑う不破を見た事がないぞ?他のヤツらもそうなんじゃないか?」
文次郎は厳しいが時折回りくどい優しさを見せる、この言い方も少し頭の回る人間であれば誰でも気付く簡単な事だった、文次郎にしては率直過ぎるヒントである。
「――――…」

俺は不破にとって

「――特別なんじゃないのか?あの笑顔がきっと証拠だ」
それを聞くなり黙してしまう長次を見、文次郎は踵を返す。
「さて、もう一度保健室に行くか」
そろそろ天敵も去った事だろう。


「雷蔵、遅かったじゃないか」
八左ヱ門に指摘され雷蔵はハハと笑う、運動場にはまだ教師は到着していないらしく各々が自由に過ごしていた。
「先生まだなんだ」
「あまりに来ないからクラス代表で三郎が迎えに行った」
八左ヱ門の言葉を聞いて辺りを見回すと確かに三郎の姿は見えない、教師の到着が遅れていて良かったと安堵しているとどさりとなにか重たい物が肩に圧し掛かった。

「で?なんで遅れたんだ?」
重みの正体は八左ヱ門の腕で、それをゆっくりと自然に退かしながら雷蔵は答える。
「来る途中で中在家先輩に会ってね、すこし喋ってた」
「…は?なんだそれ?」
雷蔵に持ち上げられた腕をだらりと下げて不可解そうに眉をしかめる、どうも納得できないらしい、雷蔵は多少ムッとしながらも勤めて穏やかに答える。
「言っとくけど、中在家先輩だってちゃんと喋るよっ」
次第に語気が強くなった事に気付いて慌てて口を塞ぐ、回りの友人達は自分たちがはしゃぐ事に夢中で、こちらの会話を気にしている様子は見られなかったのでホッとする。

「ただ、多分…人が増えると口数が減るだけで…」
今度は声を荒げないように音量に気をつける、おかげで少し篭った声になったが八左ヱ門はうまく聞き取れたようでそれなりのリアクションをとる。
「いや、待て、あの先輩は喋らないだろう?」
尚も信じられないように手を振り首を振り否定する、どうもなにか確信があるからこそ長次が言葉を発する事が信じられないでいるらしい。
「だって俺と相部屋のヤツ、去年図書委員会だったろ?アイツからあの先輩については散々聞いてる」
「なんて?」
言い回しからしてあまりよくない話のようだ、いざとなれば長次を擁護するつもりで雷蔵は八左ヱ門から詳しく話を聞きだそうと意気込む。
誰からであれ長次が悪いように誤解されたままでいるのはとても不愉快であった、それがなぜだか雷蔵は知らない、きっと仕事を懇切丁寧に教えてくれたから尊敬すると同時に懐いているのだろうと短い時間で自己分析をする。

「アイツもあの年初めて図書委員になっていたよな?もちろんお前と同じく中在家先輩に仕事を教わっていたみたいで――…」
あのクラスメイトも同じ待遇だったのかと知らされるとふいに顔をしかめる、雷蔵が負の感情を顕わにする事は珍しいので八左ヱ門は信じられないように目を瞬かせるがどうやら幻では無いらしい、だが雷蔵はそれに気付いていないようで八左ヱ門の反応にその表情のまま首をかしげた。
「どうしたの?」
「あ…いや、話戻すけどな、アイツは中在家先輩があまりにも無口で意思の疎通が出来なくて、一年間ずっと、夢の中まで困っていたぞ?」
八左ヱ門も相方の苦しそうなうわ言で何度安眠を妨害されたかと当時の悲惨な状況を話す。
「だからアイツ今年は図書委員にならなかったじゃないか」
「…あ…!」
大抵の生徒は一年の時からずっと同じ委員会である、去年図書委員だったクラスメイトはどの委員会も性に合わず、雷蔵と違った意味で転々としていた、図書委員も彼には性に合わなかったのだろう。

「俺も間接的だけれど被害者だからな、雷蔵の言う『普通に喋る中在家先輩』ってちょっと信じられないな」
腕を組み、うーんと唸る、元々隠し事は下手な八左ヱ門だ、今の言葉に嘘は無い。
「…まぁ俺も雷蔵が嘘つくとは思えないし…」
それは雷蔵自身が良く知っている、どちらも嘘はついていない、つまり長次は雷蔵とは会話をするが、昨年の図書委員とは会話をしなかったという事だ。
「じゃ…中在家先輩が喋られるのは…」
「お前だからなんじゃないか?」
八左ヱ門の結論は至ってシンプルで、雷蔵としか会話をしないかもしれないのだから皆が「中在家は無口だ」と言うのも頷ける、噂である無口の程度を確かめなかったゆえのズレだ。

「あ、あのさ八左ヱ門…」
先程までしかめっ面から一転、顔を真っ赤にさせ困ったように、しかし嬉しさを滲ませて雷蔵は八左ヱ門の服を掴む、その天然的仕草に、今の会話のズレから長次の雷蔵への気持ちに、そしてその逆にも薄々気付いてしまった八左ヱ門は苦笑するしかない。
この友人が、この天然具合で今までその長次と一緒に、しかも場合によっては二人きりでいたと言っているのだ、流石は最上級生、よく堪えたものだと尊敬を通り越して神々しささえ覚える。
「なんで、中在家先輩は僕とだけ会話してくださるんだろう…?」


そりゃ決まってる、君が無自覚で彼が特別なのと同じで…






「雷蔵が特別なんだろ」


















一言
「五年間同じ委員会」というセオリーをぶっ壊してみた妄想。
いつも以上に理屈じみてるうえ大していちゃついてもいなくてすみません…
あの無口な長次が雷蔵と一緒だとはしゃいで人並みに話すんだよ?!雷蔵もいつも以上の笑顔を無自覚で見せるんだよ?!萌えない?!…と言うのを書きたかっただけです。




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送