こんな夢を見た。





【夢七夜】





気付けばそこは暗い黒の世界だった。
自分の姿がはっきりと見えるので「闇」ではない、辺りを見回しても何もなくただ黒が広がるばかり。
「――」
声を出そうとしたがいくら叫んでも音となって口から出ることがない。
そうか、これは夢かと、声が音にならない事によって気づく、夢でよくある現象だ。
見慣れた場所が夢に出る事はよくある事だが、このように黒一色のありえない世界を夢に見るのは初めてだ。
黒一色の世界なのでいつもなら誰かしら、見知ってる人物や心当たりのない知らない人物が出てきたりするのだがそれすらもない。
この世界に自分は一人ぼっちなのである。
「――!」
心細くなり知り合いの名前を次々と叫ぶ、誰か、誰でも良いからいないのか、と。
しかしやはり声は音になる事無く、自分は空しく口をぱくぱくと動かすだけであった。
「――…」
最後に呟くように口にした名は最愛の人。
呼べばきっと余計にこの状況が辛くなるのでそれまであえて口にする事はなかった。
呼んでも誰もいないという結果が、この人でも適応されてしまうのが怖かった。

しばらく俯き、再び顔を上げると期待していた姿はなく、最初と全く変わりのない黒が広がるばかり。

「……」
自然と涙がこぼれそうになり、そこでようやく一番重要な事を思い出す。

ああ、そうだ夢だったっけ。

これが夢ならば醒めるべき現実がある。
現実の自分が目覚めるように思い切り目をつぶり床から起き上がる事をイメージした。





◇◆◇

「……!!」
びくん、と身体が跳ねる。その衝撃で瞼を開き辺りを確認した。
まだ寝ぼけており中々覚醒してくれない脳を揺さぶりながら目の前にあるものを見定めようとする。
真夜中であるのか良く見えないがとても近い場所に何かがあるのがわかった、それはゆったりと寝間着を着こなし、そのゆるんだ胸元からは逞しい胸板が見える。
徐々に視点を合わせ、その正体に気付いた雷蔵ははっと顔を赤らめ自分の身体に対して上のほうを見上げる。
「……?」
思ったとおり長次が不思議そうな顔をして雷蔵を見下ろしていた。ばっちりと目を合わせた雷蔵はそれまでの出来事を鮮明に思い出す。
その数刻前、図書委員長である長次に来週図書館に入ってくる予定の本のリストを貰いに行き、同室の小平太と共に自主トレに行ってしまったのか部屋が真っ暗であったのでそのまま待たせてもらっていたのだ。
きっと待っている間にうっかりうたた寝してしまったのだろう、まどろみの中誰かに――恐らくこの状況を考えれば長次なのだろう――運んでもらっていたのを思い出す。
「あの…すみません!」
開口一番、夢のことなどふっとばして長次に謝罪し起き上がろうとするが、がっちりと抱き込まれており身動きが取れない、正直嬉しいし照れくさい、がしかし今の状況ではとても困るのだ、出来うる限り長次の腕に抵抗しながら雷蔵は部屋を見渡し二人きりだと言う事も確認した。
「七松先輩は…」
長次と同室である小平太の行方を聞き出すが、長次は無言のまま首を横に振って不在を答える、恐らく別の部屋に乗り込んだか蛸壺を掘って野宿、あるい今だ自主トレを続けているかのどれかであろう。
雷蔵の抵抗をものともせず再び彼を抱き寄せた長次は改めて雷蔵の頭を撫ぜながら目で問いかける。
「あ…」
ドッドッとそれまで激しく波打っていた鼓動はいつの間にか元通りになっており、雷蔵はそれまでの夢をようやく思い出す。
「夢を見たんです…怖いかどうか僕も良く解らないんですけど…」
口にして、ようやく自分が安心できる場所にいるのだと自覚する、流石に涙が出るほどではないが深く息をついてそれまでの抵抗を無くし脱力した。
脱力した雷蔵をあやす様にとんとんと背中を叩きながらまた眠るように指示する。
その心地良い暖かさに安心したのか雷蔵はまた再び眠りについた。





◇◆◇

目を開くとそこは黒い世界であった。
「――」
やはり声は出ない、どうやら何も変わった事は無いようだ。流石にこうなると慣れてきてしまうので声が出ないことにもさして動じることは無かった。
先程は試さなかったが動くことは出来るのだろうかと視線を僅かに落とし、足元を確認しながら一歩を踏み出す、どうやら自分の思うとおりには動けるらしい。
それならばこの世界の出口を探すべきだろうと視線を前に移動しまた一歩を踏み出す。

数歩も行かないうちに差し出した右足がこつんと何かに当たったがそれすらも黒いので何にぶつかったのか良く解らない。
しゃがみ込んでその辺りを手探りで見てみればどうやら円筒状の物が埋まっているらしい。どこまで伸びているのだろうかとその筒を握りながらするすると立ち上がる、握った手はやがて自分の背の高さを越し、手が伸びきってもまだ天に向かって伸びていた。
そこから先はどうなっているのか解らないのでとりあえずその天地を繋ぐような棒を避けようと左に逸れるがそこにも同じ棒が天地をつないでいる。
おかしいと首をかしげて再び辺りを見回すと不思議な事に、まぁ夢であるのだからその辺の都合の良さは当たり前なのだろう、それまで黒い世界であったのに同じような棒がまた左隣にも見えた、その先にもまた一本、また一本、ゆるくカーヴを描いて後ろへ回る、そしてまた前へ戻ってきて手元の一本へ視線を移す、どうやらこの棒は円形状に自分を囲うように突っ立っているらしい、まるで檻のように。

『――』

なぜこんな檻の中に閉じ込められているのだろうと思った瞬間、何かを思い出しかけた。
だが自分はその閉じ込められている理由を知らない。
知っているのはこの夢の中のこの「自分」だ。
夢の自分はその理由を思い出そうと必死に頭を抱える、その動きは自分がしようと思ってしたことではない、いつの間にか自分は「自分」を見下ろすように夢を見ていた。
やがて夢の中の自分が思い出すのと同時に自分にもその記憶が流れ込む。夢とは言え不思議な感覚である。
この黒い世界にいる直前までいつも通りの生活だった、友人や後輩や先輩がいつもと変わらずそこにいた。
だが気がつけばこの黒い世界にいたのだ。



まるで誰かに閉じ込められたかのように――…







◇◆◇

眠りについてからあまり時間が経っていないらしい。
暗がりの中、目の前にはこちらを見ている長次の顔があった、無表情だというのにその表情は雄弁に雷蔵を心配している。
「あ…」
口を開けて眠っていたのか声が掠れる、一旦口を閉じて唾液で潤してから再び口を開いた。
「起きてらっしゃったんですか…?」
「……」
雷蔵の質問に長次は素直にこくりと頷く、その様子に眠ってくださいとも言えずお互い黙りこくってしまう。
やがて長次は無言のまま雷蔵を抱きしめなおし、二人の間に隙間が無くなる、回された手が雷蔵の頭をゆっくりとなぞる。
「怖い夢か?」
耳元でもかすかな、その低い声に雷蔵は首を横に振る。
「よく解らないんです、夢でははっきり意思があるのに…覚えてる事はほとんど無いんです」
「どんな?」
うろ覚えである夢の内容を聞かれた雷蔵は必死に記憶の糸を手繰り寄せてぽつりと呟く
「…僕しかいない夢です」

そう、だれもいなかった、この目の前の人ですら――

「怖い夢か?」
再び聞かれた問いに今度は素直に頷く。
「――はい」
雷蔵は長次に擦寄り、今は彼が目の前に一緒にいてくれる事を確かめる。
いつも通りの体の温かさ、寝間着の感触、汗のにおい、目を瞑る事によりそれらを確信すると、それらは曖昧に混ざり合い、溶けるようにフェードアウトしていった。


眠りにより意識が途絶える瞬間、暗闇の中で雷蔵は落ちていく感覚を覚えた、隣には誰もいない、一人ぼっちのまま。






◇◆◇

こつ、と音がした。
人の足音である。
咄嗟に音のほうへ振り返るとそこは籠の外側で、一つの人影がそこに佇んでじぃとこちらを見ていた。
黒の世界は籠どころか人の姿も黒一色であるらしい。
トツトツと足音をさせながら人影はこちらに向かってくる。
目の前に立たれた瞬間、その姿は黒一色であるにも関わらず、誰であるかがすぐに解った。

「――」

名前を呼んだつもりであったが声は音としてこの世界に反響する事は無い。
しかしその瞬間ぱあと世界が開け、籠は相変わらず黒のままであったが外には色があるただし風景は水中で目を開けたときのようにぼやけてそこがどこであるかははっきりとしない。
ぼやけた世界は真っ白で黒かった世界と変わらずそこがどこだか全くわからないが目の前には彼がいる、それだけであとの他はどうでも良かった。
その目の前の彼ももちろん影から色を成しこちらをじぃと見ている。
すこし照れくさいが悪い事ではないので満面の笑顔で返そうとしたがどうにも照れが交じってしまう。
そうして見つめあうことにどれほど時間が経ったであろうか、長くも感じたし一瞬であるようにも思える、夢なので全くわからない。
彼の人は相変わらずの無表情でこちらを見続けている、これが永遠に続けば良いと思った所ではたと気付いた、いや、思い出したといった方がいいのかもしれない。

この人が僕をここに閉じ込めた。

先輩が、僕をもう誰にも何にも触れさせたくないあまり全てのものから僕を切り離した。
だから僕のまわりには何もない。
いつの間にか黒い檻すら消えていて、そこには僕と先輩の二人きり。
さっきまでの黒い世界も今の白い世界もいらない、先輩さえいればいい。
そう思っていたら先輩が僕を抱きしめてくれる、僕は先輩の胸に顔をうずめて眠りについた。



ずっとこのままだったらいいのに。








◇◆◇

雷蔵がうずめていた顔を僅かに離して上を見ると長次は目を瞑っていた、どうやら眠っているようだ。
その無防備さに困ったのも一瞬で次の瞬間にはただただ嬉しさだけが残った、一年先輩である長次が隣に眠る雷蔵が起きても目を開かないのだ、それほど安堵しているのかと思えば嬉しい事は無い。
長次を起こさないように、雷蔵は再び彼の胸に顔をうずめる。
全てはまどろみの中。





◇◆◇

瞼の上から光が射し、眩しさに覚醒する。
身動きの取れないこの状況はどこか懐かしさを覚えた。
雷蔵は瞼を震わせてゆっくりと目を開く、目の前にはいつもの様に無表情な長次がいた、その読めない表情は最初こそ驚いたものの今では慣れきってしまい、動じる事無くにこりと微笑む。
「おはようございます」
「…おはよう…」
長次は外で啼く鳥のさえずりよりかすかな声で返事を返す。
「夢を、見たんです」
唐突な雷蔵の話しに不思議に思いながらも長次は耳を傾ける、眠たそうな表情ではあるがこう見えてもきちんと覚醒はしている。
「不思議な夢で…中在家先輩が出てきました」
「……」
夢にも出てきたという報告を聞いて嬉しく思ったのか長次は無表情であるが嬉しそうに雷蔵の頭を撫ぜる、それにかこつけて長次がより強く雷蔵を抱きしめるがあまりにも自然な動作であったため、寝起きの雷蔵はそれに気付かず話しを続けた。
「何度も怖い夢を見て目が覚めてしまうんですけど…その度に先輩が一緒にいてくれて…うれしかったです」
思い返せば確かに不思議な夢であった。昨日は結局リストを貰い損ね、故意ではないとは言え小平太を追い出したまま長次に言われるがままに泊り込んでしまった、あとで小平太には謝罪しなければならないが、恐らくからかわれて終わりだろう。
その泊り込んだ状態の延長のようなやけに現実的な夢であった、生憎ながら夢の中で見たという怖い夢の内容は覚えていない、しかし奇妙な感覚だけまだ少し雷蔵の記憶に残っている。
「夢でも、夢の中の怖い夢でも先輩に抱きしめてもらえてるような不思議な夢でした」
第一、夢の中で見たと言う夢は怖い内容であったはずだ、その夢の中の夢ですら長次がおり、幸せだったという感覚が残っている、これでは矛盾もいいところである、だから「不思議な夢」だと無意識にも口走ってしまったのかもしれない。
長次は雷蔵のそんなぼんやりとした話しの一切を信じ、こくりと頷く、そしてかすかに聞こえる小さな声で囁くように話し始めた。
「…俺も、夢を見た」
今度は雷蔵が耳を傾ける、元から小さい長次の声を聞き取るにはよほど耳を澄ませなければならない、その静寂に深く響いてくれる声が無事に聞こえると無性に嬉しかった。
「…こうしてお前を抱きしめて離さなかった」





そんな、夢を見た。








一言。
夢の話です。
【夢十夜】みたいな不思議な雰囲気醸してみたかったんです…
欲張りすぎました。




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