がさがさと納品された荷物を確認するため開封する。
一番上にあった書物の名を見るなり雷蔵は「あ」と声を上げた。
「これ、滝夜叉丸君が読みたがっていた本だ…!」





【この目にしかと映る存在】





まず目に入ったのは風に身を任せるのが嫌に不器用な髪の毛だった、痛んでいるわけではないが絡まりやすく量のあるそれは見間違えようもないあの人の髪だ。その証拠に頭巾の色は藍色である。

あの人は見ているこちらも穏やかになれるようなふわりとした笑顔を今日も変わらず浮かべている、その隣にいるのは対照的に無表情で顔に傷のついたあの人の想い人だ、苔色の頭巾と揃いの制服は最高学年である事を示しており、図書委員である二人はそろって本を抱えていた、そういえば先程学園の入口を通りかかった時に荷物が届いていた、荷物を受け取っていた事務員が「中身は本ですね」と確認していたので恐らく荷物は図書委員会で購入した新刊でそれを運んでいるのだろう。
たかが本とは言え、紙も束ねれば相当の重量になる、力仕事なので上級生の二人が担ったのだ、あの人の事だから手間のかかる仕事を下級生に任せるのを躊躇ったのだろう。甘やかしている訳でも見下している訳でもなく、後輩のレベルを見極めているのだ。
図書委員長もそれに賛同する形で進んで荷物を運んでいるのだろう、あの人が図書委員長を手伝わせて恐縮しているのも見て取れた。
いつの頃か、気付けば二人が付き合っているのだと耳にした事を思い出す、もちろん最初は信じる事ができなかった。

あの人、不破雷蔵先輩は下級生への面倒見もよくて優しい、私も何度か先輩には助けられた事もある、しかもその助け舟は本当に些細な事でこの私でも気づくことに時間を要する。
そんな優しい先輩を慕う後輩は数多く、私だってその一人だが他の後輩達と比べてウマが合うのか一緒に行動する事が多い、そんな時の私を見るクラスメイトはこぞって「不破先輩と一緒にいる滝夜叉丸の方が煩くなくていい」と言うが失礼な話である、第一、私がいつ煩くしたと言うのだ、いつも冷静そのものではないか。
…話は逸れたが先輩は正直、私のように目立つ顔立ちでは無い、しかしふわりと笑うだけでその場に滞っていた嫌なものは全て吹き飛んでしまう、そんな雰囲気がみんな好きなのだろう。
私も先輩の柔らかいあの笑顔は大好きであるし、忍たまとしての優秀さも尊敬している、要するに不破先輩は万人に好まれる性質を持っているのだ。
しかし悲しいかな、本人は謙遜してそれを頑と認めない、自覚して意のままに使いこなせれば怖いものなどないのだろうに、だが、それも先輩の人の好さなのだろう、私は嫌いではない。

対して不破先輩と同じ委員会の、委員長に当たる中在家長次先輩は私はあまり接点がない、強いてあげれば私の所属する体育委員会委員長と同室でウチの委員長曰く「大親友」だそうだがそれを中在家先輩本人の口から聞いて確かめた事は無い。
あの先輩は不破先輩とは対照的だ、顔にいくつも傷をつけ、無表情なその視線は恐ろしい、慣れない後輩たちは挨拶すら震える小声で逃げ出したいと顔が物語る始末。更に言えば無口で喋る事すら滅多にないので何を考えているのか解らない、いきなり不穏に笑い出す事もある、その笑顔は心の準備もなく見てしまえば一週間は夢に出るという噂だ。
確かに学園内でのいざこざで忍たまとしての高い技術を目の当たりにする事もあるが、それで差し引いても普段から近寄りたくない存在である。
その上図書室でのルールを少しでも破れば後輩とて容赦せず、図書室からほうり出すのは当たり前、確かにルールを守っていないという時点で中在家先輩のほうが正しいがそれで放り出すのは些か潔癖すぎる。
それを上手くフォローしているのが不破先輩だ、廊下で放り出された生徒を宥めすかして再び図書室へ入れてあげる、そういった光景を幾度か見た、やはり不破先輩は優しい。

話は元に戻るが、方や学園で慕われる先輩で方や恐れられる先輩、どう考えても付き合えるとは思えない。
だが流れてくる噂は次から次へと彼らの熱愛ぶりをほのめかし――どうやら発信源はうちの委員長も一枚噛んでいるらしい――認めざるを得ないのだ。
確かに中在家先輩が後輩に声をかけられるようになったのも、不破先輩の成績が格段に上がったのも噂が流れてからだ、お互い相手からいろいろ学んでいるのだろう。
現に今、並んで歩いているその表情が雄弁に物語っている、不破先輩はいつものあの笑顔より格段に幸せそうに笑っているし中在家先輩も心なしか雰囲気が穏やかで、うっかり「幸せそうだな」などと思いながら見送ってしまいそうになる。
ああ、みんなの不破先輩であったのに…

「滝夜叉丸君!」
「はいぃっ!」
それまで見ていたというのに目をそらしたそのタイミングを見計らったかのような呼び声に思わず飛び上がりそうになってしまう、見上げれば不破先輩が私に向かって手を振って近づいてきていた、両手には本を抱えているが決して重そうには見えない、自分にとって無理のない量を持っているのだ。
「今ね、ようやく君が読みたがっていた本が届いたよ、後で時間があったら図書室においで?」
「あ…はい、ありがとうございます」
笑顔はもう先程とは違う、いつも通りのもので、ああ、あれは中在家先輩へだけの笑顔なのだな、と思う、きっと無意識に使い分けているのだろう、もし意識しているのなら何に対しても平等な先輩のことだから使い分ける事などしない。

「これから委員会活動だよね?頑張って」と、励ましてくれる不破先輩の後ろにいる中在家先輩は仏頂面だけれどこっちを睨んでいる気がしてならない、そんなに睨まなくてもいいじゃないかと思うが私にそれを言える度胸は流石に無い。その先輩が口を僅かに動かした、どうやら何か言葉を発しているようだが僅かに距離があるので聞き取りにくい。
「あ、はい、じゃまた後でね」
不破先輩からも聞き取りにくい距離だと思ったのだが、先輩はちゃんと聞こえていたらしい、とりあえず不破先輩の返事からして急ごう云々を言ったのだろうと予測できたが、明らかに私から引き離す目的だったとしか思えない、だが私なんてただの後輩の一人で威嚇されるような立場ではないはずなのだが…?そもそも威嚇するならば私より先にしなければならない人がいるだろうし、私がその中に例え含まれたとしても勝てる気はしない、学年一優秀な私だが流石に先輩たちには敵うはずもない。

見送った後姿の二人は今の思考にダメ押しするかのようにお似合いだ、もちろん容姿云々ではなく二人から発せられている雰囲気が、だ。邪魔する事の出来ない雰囲気が背中越しからもはっきり伝わる、もしあの間に割って入れる人間がいるとするならばそれはよほどの命知らずだ…あ、いや、本当に割って入る人がいるかもしれないので命知らずは止めておこう。

ふぅ、と溜息を一つ。それは空に消えた。



◇◆◇

日も暮れて夕食の時間帯になってようやく体育委員会の活動――むしろトレーニング、と言う表現の方がしっくりくる過酷な活動ではあったが――を終え、まだ自主トレと言う名目でトレーニングを続ける委員長を置いて後輩たちを長屋へ帰し、誰もやらない事務作業を手際よく終わらせ伸びをする、まだ走れば十分オバちゃんの夕食には間に合うはずだ。
それまでの委員会活動で体力を削られているのにまた走るのは些か気が引けたがそれでも夕食を逃すよりはマシである、食堂の明かりがまだ煌々としているのを視認して急かしていた足取りを僅かに緩めた。

食堂に入ればまだ生徒でごったがえしており賑やかであった、この分ならまだ当分食堂が閉まる事は無いだろう、賑やかな中、カウンターでおばちゃんから夕食をもらって空席を探す、賑やかではあったがちらほらと開いている場所はあった。
「あ…」
空いてる席の一つ、その隣に不破先輩が座っている、先程とは違って一人だ、中在家先輩はどうしたのだろうと近づく。
「不破先輩、隣いいですか?」
「あ、滝夜叉丸君、隣?いいよ」
目に入った先輩のトレイは半分ほど残っていた、まだ食べ始めて間もないのだろう。後ろの席では一年は組の何人かが喧しく笑っている、私は迷惑だと思うのだが不破先輩は「賑やかだね」と笑って済ますのだろう、その表情さえも想像がつく。
「いただきます」と手を合わせてようやく夕飯にありつく、最初の一口をよく噛んで飲み込むと一日を無事終えた安堵感が広がった。

隣を窺うと先輩も食べるのを再開している、夕食は逃げないと言うのに少し急いで食べているようだ、それほど空腹だったのだろうか?それともそれが普段からの先輩の食事ペースなのだろうか?そう言えば不破先輩と隣り合って夕食を食べるのは初めてだ。
成績は優秀であるが迷い癖の酷い先輩のことだから迷い箸など当たり前だろうと思ってちらりと隣を盗み見ると、意外な事に右手から出る箸に迷いは無い、流石食事中は迷わないか、と思ったがよく見れば汁、菜、米、そしてまた汁といった順番で箸をつけている、そうか最初から順番を決めていれば迷う必要は無いという事か、なるほど。まぁ誰に助言してもらったかは大体予想がつくのでしないでおこう。

「そういえば中在家先輩は一緒じゃないんですね」
今まで私と同じように委員会活動をしていたのは放課後声をかけてもらったから知っている、図書室の閉館は日暮れと同じなのでもう閉館し委員会活動も終わっているはずだ、更に付き合ってるとならば夕食も一緒に摂っても良さそうだと勝手に思うのだが…不破先輩は菜で箸を止めて口の中のものを飲み込むとこちらを見た。
「うん、ぼくが先に夕飯を食べに行くように言われてしまってね」
情けなさそうだけれど笑う事は忘れない、苦笑交じりに言われてしまってようやく気付いた。
「――って事はまだ委員会活動終わっていないんですか?」
「そう、さっきも見ただろう?今日来たあの新刊図書の登録と整理が終わらなくて…このままだと夕食食いっぱぐれるからせめて交代で、って事で本当は先輩から先に行ってもらいたかったんだけれど…」
ああ、きっとどちらが先に行くかで揉めたんだろうな、どちらの言い分もきっと理屈はあるだろうからどちらが正しいとは私は言えない。

ふぅと溜息をつく先輩はすっかり落ち込んでいる様子だ、その反応は子供っぽいと言うより微笑ましい、何故だか先輩にはそういう裏のない素直な動作が良い意味でよく似合って違和感がない。
「先輩は今日実技授業ばっかりで聞けば昼食もロクに摂らなかったらしいんだ、疲れているのに僕に先に行けって言うんだよ」
「え…」
という事はうちの委員長も同じはずなのだがまったく疲れているようには見えなかった、まぁあの委員長はそういう人だから気にしなくてもいいか。
まだ図書室で作業中の中在家先輩に早く夕食を摂ってもらいたいため急いで食べていたのだと先程からの行動に納得したが…あれ?急ぐ位なら――…
「それを言っても聞き入れてくれないし、挙句の果てには図書室から押し出すし…」
「…あの、差し出がましいんですが…」
「あ、なに?」
「夕食を持っていけばよいのでは…?」

基本的に図書室は飲食厳禁である、携帯食すら委員長に見抜かれ没収されるほど厳しい、が、このくらいの例外ならよいのでは無いかと思うし第一その方が良いと思うのだ。
言ってしまってから不破先輩に「飲食ダメだからね」と反論されるかと思い恐る恐る伺うと先輩は口をあ、と開けてこちらを見ていた。
「そっか、いつも飲食厳禁だから思いつかなかった…そうだよたまにこっそり委員会で飲食してるんだし大丈夫なはず」
そう言うなり先輩は米からまた順番に食べ始めあっという間に終わらせようとしていた。

「あ!先程の本、今日借りたいのでついでにご一緒してもいいですか?」
先輩が食べ終わって行ってしまうのを引き止めるかのように声をかける、慌てていたので声が少々ひっくり返って格好悪い。けれど先輩はそんな事気にも留めないようですぐに頷いてくれた。
「いいよ、滝夜叉丸君も委員会で忙しくて来れなかったんだろう?閉館してるけど特別だよ」
「ありがとうございます」
不破先輩は頬張った夕飯を飲み込んで悪戯っぽく笑ってそして付け足した。
「…代わりに委員会でこっそり飲食していたっていうの聞き逃してね?」
「はい」
人がいる以上食物はあってもおかしくは無いとは思うのだが、おそらくいつものあの厳しい規則を自ら破っているという罪悪感からなのだろう、頼まれたからには誰にも言わないつもりだ。

もう夕食を空にしかけている先輩を待たせまいと私も急ごうとしたが不破先輩は「中在家先輩の分を用意してもらう時間があるからゆっくりでいい」と制してくれた、先輩は席を立ってトレイを片すと同時におばちゃんへ一人前の持ち帰りを頼む、不破先輩は私を気遣ってくれたのだろうがそれに甘えてばかりいるわけにはいかない、幸い空腹からか勢いよく食べる事ができた、最後にお茶ですべて流し込んでよし、とばかりに勢いよく立ち上がる、後ろの一年は組は何が楽しいのかまだ笑いながら食べている、いい加減食べないと折角の夕飯が冷めてしまうだろうに。
トレイを片すとほとんど同時におばちゃんがニコニコと笑いながら不破先輩へ一人前の夕食を預けていた、どうやら間に合ったようだ。
「そんなに慌てなくてもよかったのに…」
私が食べ終わったのを見て苦笑しながら不破先輩は纏められた夕食を手に取る。
「いえ、不破先輩と中在家先輩をお待たせするわけにはいきませんから」
私のその言葉を聞いた不破先輩は一瞬きょとんと眼を見開いてから微笑んで頷いた。
「そうだね、先輩を待たせるわけにはいかないね」

食堂を出て並んで図書室へ向かう、普通後輩が先輩と並ぶなんて失礼だとは思うのだが…不破先輩がかまわないと言ったのでそれ以来躊躇うことなく隣に並ばせてもらっている、しかしかまわないと言った本人である不破先輩は中在家先輩と並んで歩く事を滅多にしない、それは…矛盾してるのではないだろうか?
「滝夜叉丸君は中在家先輩が怖い?」
「いきなりなんですか」
ぽつり、と呟くような問いかけであったが、夜の静けさにそれは存外しっかりと響き私の耳に届いた、私はその唐突過ぎる質問に眉をしかめながら聞き返す。
「んー昼間、中在家先輩を怖がってるように見えたから…」
それは中在家先輩の視線の所為だ、と声高に言いたい所をぐっと堪える。
「別に怖くは…不破先輩が選んだ人ですし…」
中在家先輩の責任である事を誤魔化すために、と言葉を選んだつもりだったが隣の先輩を目線だけで見上げると夜でもわかるほど顔どころか耳、首まで真っ赤にさせている。照れているのだ。

「え…あの…僕、言ったっけ…?」
あ、照れているのではないのか!そうだ、私が二人の事を知ってるのを不破先輩は知らないのだった!ああ、自分のうっかり加減に腹が立つ!
先輩は恥ずかしいのか俯いて困ったようにしている、実際、付き合っている事を言われることに慣れていないのだ。
「うっ…噂で…」
情報源が噂である事を言い訳の如く呟く、不破先輩は一度真っ赤な顔をこちらに向けてまた俯いた。
「そ、そうだよね…学園だもんね…」
忍術学園の情報伝達スピードはただのおしゃべりよりもずっと早い、そして図書室の蔵書より膨大である。不破先輩はその膨大で日々更新される情報の中で自分たちの事はかすんですぐ廃れてしまうような些細な事だと思っていたらしい、謙虚にもほどがある。
実際、こういった話題が好きな連中が多いらしく噂は廃れる事は無い、が、それを言ったら先輩は更にショックを受けるのだろう、これは黙っておいたほうが良い。
「大丈夫ですよ、お似合いですし!私は応援してます!」

とにかく先輩を浮上させる事が先決だ、この調子で図書室に戻ったら…ああ考えるだに恐ろしい…この際、語彙など選んでいられない、何が大丈夫かなど私も知らないが応援しているのは事実だ「自信持ってください」とか「噂がこれ以上広まらないようにします」とか、とにかく不破先輩の真っ赤な顔を普通の顔色まで戻すうちにあっという間に図書室に着いてしまった。
その頃には私の巧みな話術の甲斐あってか先輩はもう大分落ち着いた様子で、少なくとも私には開き直ったようで「ありがとう」といつもの笑顔で感謝される、この、笑顔の使い分けを指摘したらまた逆戻りになるのだろうな、とぼんやり考えていると不破先輩が暗い図書室の戸を引く、ガタッと音を立てて開けた先、衝立の奥に薄ぼんやりと灯りが漏れているのが見えた、恐らくあそこで作業をしているのだろう、普段からあの仕切られている衝立の中は本の修復などを行う作業場として図書委員会が使っていたはずだ。

「…先輩、戻りました」
中在家先輩を呼ぶ事に多少躊躇いながらも、慣れているのか暗がりでも躊躇う事無く不破先輩はすたすたと衝立まで歩いていってしまう、ここまで来るのに廊下が暗闇でいくら夜目が効いてきたからといっても障害物があればまた別だ、どうしても先輩のように難なく歩く事ができない。
「……」
「あ、滝夜叉丸君です、食堂で偶然会ってさっきの本を借りたいって言ってたので…あの本どこにあります?」
不慣れに音を立てるから誰だろうと中在家先輩が不穏に思ったのだろう、そんな中在家先輩の声は聞こえなかったが、不破先輩が私の事を説明してくれる声が衝立の奥から聞こえてきた、あの口調からするともう普段どおりに立ち戻っているようで安心した。

「……」
「そうなんですよ、夕食、持ってきたほうが早いと滝夜叉丸君が助言してくれたので持って来ました」
「…お疲れさまです」
荷物を指摘されたのだろう、不破先輩の説明の途中から衝立の中に顔をだして挨拶をする、ほのかに灯った僅かな灯りを頼りに中在家先輩は本に埋もれるようにこちらを見ていた、その様子はどう見ても不機嫌としか思えない。そして間違いなく私を睨んでいる。
「あ、はい、この本、いつ来ても良い様にもう登録もしてあるし貸出票も作ってあるよ」
先輩に手渡された本の裏表紙の内側には真新しい貸出票、もちろん誰の名前も書かれていない、一番最初に読めるという事がなぜかとても嬉しく思わず頬が緩む。
「わざわざありがとうございます…!」
「うん、よかった」
嬉しい気持ちを素直に喜ばれ、嬉しいと表現してもいいのだと許されたような気がしてなおのこと嬉しく思える。

不破先輩に「灯りはここだけだから貸出し手続きをここでやっちゃおうか」と提案され慌ててカウンターへ自分の貸出票を取りに衝立から出る、不破先輩のことだから貸出票を自分から取りに行ってしまいかねない、それを牽制するつもりだった。
思惑は見事功を成し、暗がりの中「四年」と書かれた貸出票入れの中から自分の貸出票を見つける。そして貸出票入れを元の場所に戻した時、それは起こった。

「あっ!」

図書室に響く程の声が中在家先輩のものであるはずがない、間違いなく不破先輩の短い声が衝立の奥から聞こえてきた。
「不破先輩?どうしたんです?」
第一声以外特に派手な音は聞こえてこなかったので、大した事では無いだろうと思いながらも一応声をかけながら衝立から顔をのぞかせる、例え何か事が起こっていたとしても最上級生である中在家先輩と一緒にいるのだから被害は最小限で済んでいるはずだ。

衝立の中を照らす一つの灯り、それに照らされたのは無表情のまま先程と変わらず本に埋もれる中在家先輩とおばちゃんの夕食を広げかけた不破先輩。
不破先輩の目線は広げかけた夕食に注がれている。
「…すみません、箸、忘れました…」
やってしまったとばかりに溜息をつきながら不破先輩は中在家先輩に頭を下げながら事情を説明する。
確かに基本的なものを忘れた時ほど自分が情けない事は無い、不破先輩のそんな自責の表情は一瞬で次の瞬間には顔を上げて中在家先輩に向けていた。
「すみません、今もらってきます!滝夜叉丸君の貸出し手続きお願いしてもいいですか?」
中在家先輩は首、と言うよりはほぼ瞬きで頷いて見せると、不破先輩はホッとした表情を浮かべ、すぐさま立ち上がって私がいる所とは逆の、もう一方の衝立の端から出て行くとガタンと図書室の戸が開いて、またガタンと閉じられる音がした。

「……」
「……」

しぃんと静まり返った図書室の空気が少し下がったような気がした。
静か過ぎて耳が痛い位だ。
中在家先輩がくるりと顔を向ける、どうやら手続きをするからこっちに来るように、と言っているみたいだ、貸出票を手にしながら私は灯りのある作業場へ再び入る、大柄な中在家先輩と大量の本の所為でただでさえ狭い作業場は更に狭い、仕方無しに私はそれまで不破先輩がいた場所へ移動し、広げっぱなしであった夕食を纏め直して隅へ移動させた。

作業場の中央に据え付けられている机、中在家先輩はその机の反対側から筆を差し出す、それを受け取って自分の貸出票に借りる本のタイトルと今日の日付、本に付属している貸出票には自分の名前と学年、そして今日の日付を記入し先輩に筆と一緒に手渡す、私の先にあるその手は私の手よりもずっと大きく、先輩との体格差を見せ付けられる。
中在家先輩は私の記入した内容を確認すると最後の欄に丁寧に自分の名を署名した、一瞬の動きだったが先程の手からは想像のつかない繊細な動きだった事に内心驚く、表面上はやはり何を考えているか解らない先輩であるが、あの署名の繊細さから少なくとも怖いだけと言うわけではなさそうだ、そうだ、よく考えたら後輩である不破先輩を先に食堂へ向かわせたではないか、ただ本当にわかりにくいだけで人を気遣うことの上手い人なのかもしれない。

とりあえず手続きは終わった、長屋に帰ったらすぐにこれを読むとしよう。
「中在家先輩、ありがとうございました」
私は図書室から出るため立ち上がってお辞儀をする、その様子を中在家先輩はじぃと見ていた。
「……」
そしてぼそり、と蚊が鳴くより小さな声で話しかけられる、はっきり言って聞き取れない、仮に聞き取る心構えをしていたって聞き取れたか危うい音量である、聞きなおすのも失礼かと思ったがそうしなければ答える事ができず結果無視…それこそ失礼じゃないか。
「すみません、もう一度お願いします」
「不破は…よく平の話をする」
「え…」
不破先輩が私の事を話題に?この際内容は置いておくとして素直に嬉しい。
嬉しさの隠せない私とは対照的に無表情な中在家先輩は感情を表情で表す代わりにひやりとしたおぞましい雰囲気を醸し出した、その雰囲気に対し咄嗟に防御する事も間に合わず、見事呑まれた私は身をすくませ息を呑む。
「あれは、俺のだ」

もちろん、あれと差しているのが不破先輩であるのは明らかだ、普段の、あるいはまだ二人が付き合っている事を知らなかった私であるなら「物扱いするとは」と内心憤ったかもしれない、だが…何と言うか…その物言いに違和感なく納得してしまったのだ。
その威嚇の一言は他の勢力を押しのけるには十分であろう、だが中在家先輩が言うように話題にしょっちゅう上るからとは言え全くの誤解だ、確かに不破先輩とは学年は一つ違う割に仲は良い方だ、だが所詮は仲良しどまりである、私もそれで満足している。
…あ、そうか、よく考えたら中在家先輩がそんな私の心境など知るハズないのだ、不破先輩が私の話題をする度、中在家先輩は気が気ではなかったのかもしれない、表にこそ出てはいないが不安だったのだろう。
ふむ、しかしそれは私だって同じである。

不破先輩は、いつも、中在家先輩の話をする。

「そんなの、火を見るより明らかです」
以前から思っていた事を言えて満足した私は意気揚々と図書室を出た。
後日、中在家先輩は相変わらず無表情だが、少なくとも私に向かって敵意を見せる事はしなくなった、しかしそれでもたまに不穏な空気を纏うのは不破先輩が私を話題に出したのだろうと大変解り易い。
ああ、なんとも複雑な気分である。






一言。
「長雷の同時通訳がアニメ化したよ!」という事で浮かれて長雷リクを何でも引き受けてやろーじゃねぇか!と突発企画しました。
ぶっちゃけ絶対反応ないと言い出した後で確信しました。
まぁそれもネタになるからいいかーと思ってたらギリギリでもとりさまからリク来たのですよ…!もう吃驚!!

という事で「滝から見た長雷」でした♪(前フリ長いよ)
折角なので滝視点で語らせたら見事雷蔵雷蔵…滝はどうしたってまるで乙女フィルター全開の如く雷蔵好きーになりますね、長次と同じ位雷蔵雷蔵言い過ぎだと思った。でも一応今回は憧れどまり、という事で。
そして後輩相手にも容赦しない中在家は酷いヤツですね!滝がお礼言ってンのにね!(笑)

こんなですが喜んでいただけたら幸いです。アホな突発企画にご便乗ありがとうございました…!ほんとに!!





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