【月の引力】





何が起こったのかわからない。

とにかく雷蔵は夜中に突然目が覚めた。布団から起き上がると隣の三郎はもぬけの殻、まだ自主トレをしているのかもしれない。
今夜はどうしても眠たくて自主トレをしないで寝てしまった、体が疲労を覚えず目が覚めたのかもしれない。
気分転換に、とひたりと廊下に出ると夜とは思えない明るさだった。
どうしたのだろうとその薄蒼い光源を探してみるが、すぐに今日は満月だった事を思い出した、それで明るいのかと見てる者もいないのにうなづいて納得する。
月がそれほどまで明るいのか確かめようと廊下の端まで出てみるが、どうやら高い位置にある月は見えない、わざわざ地面を素足で踏むほど見たいわけではないのでさっさと諦めた。
変な時間に起きてしまったとため息をつき、明日も早いのだしもう寝ようと少し反省しながら部屋に戻ろうとすると、近くに人の気配を感じた。

今までそんな気配どこにもなかったと言うのに。

この気配はいったい誰なんだろうと辺りを見回すが長屋の廊下や庭先のどこにもそれらしい姿は見えない、気配を唯漏れさせているのに肝心の姿を見せないのが少し恐ろしく思えた。
一瞬だけ背筋が凍ったがすぐにこのままこの気配の正体も確かめたい気持ちに駆られる。しかしそうする事で気配の主の邪魔をするのかもしれない。
果たしてどうすればいいんだろう?迷い始めるときりがない。治しようもない悪い癖だ、このままでは夜が明けてしまう。
一人、長屋の廊下でオタオタしているとふぃと気配が消えた、まるでこちらが悩んでいる事に気づいて息を潜めたようだ、見られているという可能性がさらに謎を深める。
「……」
この忍術学園で故意に気配の有無を調節できるなど四年以上の上級生か教師くらいだ、さらにこちらが外に出た事に気づき、悩み始めた事までお見通しともなれば四年生ではありえない、興味が推理を始め目覚めたばかりの寝ぼけ頭を刺激する。
再度辺りを見回し誰もいないことを確認する、となると姿が見えない場所はひとつだけ、気配の主はそこにいると踏んで上を見上げて庭を背にすると少々廊下より張り出している屋根の淵に飛び移り、体を揺らしてその反動で長屋の屋根の上へ飛んだ。
立ち上がると屋根の木材のざらざらした質感を足の裏で感じる、ささくれに刺さらないよう気をつけなくてはならない。
屋根の上は廊下よりも月の光が満遍なく降り注ぎ、自分の足元に陰影のくっきりした短い影ができている、視界の開けた辺りを見回して着地した所より少し離れたところにその人の影を見つける。
その人は屋根にどっかと胡坐をかいて座っており、首を動かすことなく目線だけでこちらを見て、また視線だけを元に戻す、その先にあるのはもちろん煌々と照り輝く満月だ。

「…中在家先輩」
「……」
声を発して名を呼ぶと今度は首を動かしてこちらをじっと見る。相変わらず不機嫌そうな表情に青白い月の光の所為かいつもより眼光が鋭く見えた。
「どうしてここに…?」
ペタペタと、足を擦らないよう先輩の傍へ近づく。
ここは確かに生徒が寝泊まりする忍たま長屋だ、だけれど学年が違う。六年の先輩がこの五年長屋にいるのはおかしいのだ。
だがその謎はすぐに解ける、少し遠くに見える六年の長屋には先客が何組か、こちらにも笑い声がかすかに聞こえるほど賑やかそうに月を見ているのだ、普段静寂を常とする図書室に長時間いる彼にとってあの喧騒は不慣れなものなのだ、逃げるように隣の五年長屋の屋根にきたのだろう、幸いにもこちらで月見をしている生徒はいない。二人きりだ。

「お前も…」
座っている先輩は立ち尽くしているこちらを見上げて呟く、六年長屋の遠い喧騒と同じ位かすかな声だが先輩の声の方が慣れているので聞き取りやすい。
「悩んでいたようだから気配を消したのだが?」
「え…」
気配が一度故意にかき消された理由はなんでもない、僕が迷い始めた所為だったのだ、僕はあの気配を先輩だと気づけずにいたと言うのに、先輩は僕の気配を僕だととうに気づいていた、その上僕の悪癖も予測していた。流石、敵わない。
ハァ、と感嘆の息を漏らしていると先輩はまた黙り込んで僕よりずっと上にある月を見上げた。それに連れて僕も月を見上げる、驚くほど白い円、夜空に穴が開いたようだ。その穴から溢れる青白い光は冷たくなぜだか心地よかった。
しばらくその心地よさに身をゆだね口元を緩める、隣で座っている先輩は元々無口な人だから、二人だけでいるときのこの無音の世界にはもう慣れた。無音は音がないわけじゃない、ジジジ…と静寂の音が、辺りを支配するのだ。僕は先輩と一緒の時にしか聞こえないこの音が好きだ。

「不破」
その静かな空間を破った声に呼ばれてどきりとする。先輩は、月ではなく僕を見上げている。
「はっ…はい」
先輩が自分から会話を切り出すなんて珍しい、そう思いながら先輩の目を見ると先輩は言葉ではなく目で伝えてきた。

『もっとこっちに来い』

月の光に照らされた眼差しが、そう言っている。かち合っていた目が思わず釘付けになる。
そう言えば僕は屋根に上ってから今までずっと立ちっぱなしであった、座れと言う事なのだろうと理解しながら先輩と目を合わせたまま彼に向かうようにしゃがむ、しかし先輩はその要求をまだ続けていた。
僕と先輩はまだ人一人分ほどの距離が開いている、要求はそのままの意味でそれを詰めてもっと近づけと言う事なのだろう。
「え…と…」
衆人の目は零ではない、どこかにある目に躊躇ってしまう。
しかし僕が迷いの中で生きているように先輩は信念の中で生きている。その意思の力強さが最終的に僕を引き寄せた。
手のひらを屋根につき、上体をまず近づけてからそれに足をつけて僕と先輩の間にある空間を埋める、膝が先輩の膝に触れた。それから視線をそらすように横向きに見上げると綺麗な満月が夜空に圧し掛かっていた。昼間のようにはいかないけれど、やはり明るい。
思わず笑顔になってしまった僕の頭に先輩の手のひらが、いつものように撫でるのではなく単に置いただけだが、月の光と相対するような温もりが心地よい。
「ここの方が、廊下より見える」
「……」
僕が月を見たいと言うことまでお見通しでしたか――
へら、と情けなく微笑って体の向きを先輩と同じ方向に変えて改めて月を見上げる。


なんで僕を呼んだんだろうとか、
僕以外だったらどうしたんだろうとか、


とにかくそんな考えは、置いとこう。


迷いの中で生きている僕だけど
この人の傍にいる事に迷いは無いんだから。











一言
まだNLしか書けなかった頃に日記で初めて書いた長雷を加筆修正しました。(貧乏性/笑)
当時はとにかく「グァー!」と恥ずかしさに身悶えながらバスバスキーボードを打ち鳴らしてた記憶があるのですが、読み返してみたらなんでこんな物で恥ずかしがっていたのだろう??と思わず首を傾げてしまいました。
付き合ってるのか、そうでないのか、も当時の私に聞かないと解りません。あまりにも稚拙すぎて解読出来ませんでした。






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