【奇怪な愛し人】





「長次はなんだ?」

夜の自主トレに久しぶりに六人で取り組んだかと思えば、いつのまにか小平太と文次郎が二人で勝手に組み手を始めてしまい、置いてきぼりにされた残り四人――といっても長次は元々会話に入る事はないので実際には三人だが――見取り稽古と言い訳をしながらただの雑談を楽しんでいた。

やがて「昔、暗い所が怖くて夜に自主トレなんてできなかったよ」という伊作の話の流れで各々が自分の怖いものを言い出し始めたのだ。
仙蔵はおぞましそうに「あの二人だ」とだけ答え――だが誰だと言うのは容易にわかる――留三郎は何もないと言った所を二人に強がるなと咎められ渋々「孫兵が怪我をしたら・・・」とのろけ始めて仙蔵に口を塞がれた、伊作はと言うと暗いのは克服したらしいが「マッチ箱」と答えて二人を黙らせた。
話の流れは聞いているので長次も話の輪に入れない事はない。
仙蔵に話を振られ、全員が答えている以上長次も何がしか答えなくてはならないということだ。

「…五年の不破雷蔵」

それまで夜空にあった焦点を目の前の三人に移してぼそりと呟く。
何とかしてその小声を聞き取った三人は全員きょとんと目を丸くした。
「…それって、長次と同じ委員会の後輩の子…だよね?」
お互い、向こうが一年の時からずっと同じ図書委員会にいる、ひどい迷い癖と彼と同じクラスの鉢屋三郎が彼の姿を模倣して双子のように振舞っている事からある程度の知名度はある、そのため委員会の違う彼らも不破雷蔵と言う人間をすぐ思い浮かべる事が出来た。

成績も確か欠点である迷い癖が発揮されなければ悪くはない、だがいくら五年として優秀な部類でも、最高学年である自分達には足元にも及ばないのだ、その彼のどこが怖いのだろうと誰もが理解できなかったのだ。
まず口を開いたのは伊作で、信じる事が出来ず恐る恐るといった雰囲気だが長次はそれに素直に頷いて答える。
「だってお前、年下じゃないか!後輩が怖い?なんなんだそれは?」
理解に苦しむ、と言った風に留三郎、全員の思ったことを簡潔に言葉にして伝えた。

だがそれに詳しく答えず黙っていると仙蔵が納得したようにうなづいて代わりに答えた。
「確かに、学園一無口で無表情なおまえから見ればあの不破は奇怪な生き物にしか見えないだろうな、なにせころころ表情を変えるわ良く笑うわ…」
「あぁ〜そういう考えでなら…確かに長次から見れば怖いかもね」
仙蔵の言葉に伊作が苦笑しながら答える、留三郎も「なるほど、未知の生き物に見えるのか」と納得した。
長次のうなづく静寂に混じり少し離れた所ではまだ決着がつかないのか、二人が「ギンギン」やら「いけいけどんどん」とやら彼ら独特の掛け声をあげながらぶつかり合っている音が聞こえる、きっと勝敗はつかないのだろう。

「よくそんな怖いやつと一緒に仕事が出来るな」
「…仕事は、優秀だ」
普通、怖いとなればなるべく避けたいものだ、だが長次は留三郎の意に反して私情より仕事を優先した、元々図書室と言う空間の好きなこの男なら出来ないこともない。
伊作は長次のその思考に素直に感心して手を叩く。
「はぁ、やっぱり本が大事なんだ」
「私には真似できんな」
「あーうん、仙蔵なら絶対無理だよね」
一言余計とはこの事か。


数日後。

「えーそんな事するのぉ?」
先日あった、各々の怖いものはなんだと言う会話を全く聞いていなかった小平太と文次郎に事情を説明すると、長次と同じクラスであり同じ部屋の仲の良い小平太が真っ先に抵抗を見せた。
「もちろんだ、普段意思表示の薄いあれがどこまで怖がるか見てみたいじゃないか」
あくまで悪魔のように楽しむ仙蔵に文次郎は慣れた様にやれやれと息をつく、その隣で仙蔵と同じく伊作が乗り気で後押しをする。
「いつも一歩離れてつるんでるし…良いお灸だよね」
「う〜ん…そうだね!やろう!!」
伊作の言葉にようやく小平太も頷いた。
最初こそ長次を気遣っていたが本音を言わせればそのイタズラに自分も加わりたかったらしくうずうずしていたようだ。

「俺達四人でか?一人足らないんじゃないのか?」
この場にいる人数を数えて文次郎が首を傾げる。
確かにこの場に留三郎の姿は見えない、仙蔵はけだるげにああと答えるが話しを続ける気はないらしく変わりに伊作がフォローするかのように二人に答えた。
「留はねぇ…生物委員のお手伝い、だって」
どうやらまた飼育していたペット達に逃げられたらしい。
しかし二人はいつもの事かと顔を見合わせてふぅとため息をついただけだった。
「まぁ…邪魔しちゃ悪いよね」
「ああ、そうだな…」
丁度折り良く留三郎が捕獲の最中くしゃみをし、さらにペットを逃したのは言うまでも無い。

一方の長次は先日の会話などすっかり忘れて図書室から自分の部屋へ戻る。今日は久しぶりに上級生故に仕事の速い雷蔵との当番だったのでさくさくと仕事が進みいつもより早く終わったのだ。
この余った時間で本が読めると内心嬉々として小平太と合部屋の戸を開けると部屋の中央にごろりと何かが横たわっている、当に日は落ちてそれが影になっているため正体がなんだか長次には良く解らない。
「?」
目を暗闇に慣らして見てみると、先ほど図書室前の廊下で別れたばかりの不破雷蔵が手足の自由を奪われじっと長次を見ていた。
どうやら雷蔵の方も長次の事が一瞬見分けられなかったらしい、自信のなさげなか細い声が響いた。

「なっ中在家先輩…?」
「……」
長次はその声を聞くと戸を閉めて部屋の中央、彼が横たわっている傍まで近づいて座り込む、ここまで近づけば雷蔵は混乱しているようなのが良く解る。
ふと、長次はそんな雷蔵の傍にメモが残されている事に気付いた、拾ってみるとそれは仙蔵の筆跡で書かれていたので目を凝らしてその伝言を黙読する。
『我が友の恐怖が無事克服できるようここに置く』
やや芝居がかった伝言にふと仙蔵はどこまで気付いているかと疑いながらもクッと口の端をあげる。
それを見た雷蔵はあっと声を上げた
「先輩…?いま、笑いましたよね…?」
滅多に見ない長次の笑みに雷蔵は一瞬自分の置かれている状況を忘れてじっと彼の顔を見る。


ああ、笑いたくもなる。
向こうからすればただの嫌がらせで、気まずい空気を自分達が楽しもうと言う魂胆だったのだろう。
だがこちらからすればまんまと騙されてくれたと感謝したいほどだ。


長次は雷蔵の自由を取り戻しながら耳元で囁く、雷蔵は先ほどまでの委員会活動の所為で反射的にそれを声に出した。
「え?怖い怖い…怖いから食べて退治してしまおう…ってえええ?!」
通訳した自分の声に驚いた雷蔵は、再び自由を奪われ長次に押し倒される。
顔を真っ赤にして混乱し、抵抗するも長次には敵わない。
「ちょっ…先輩?!先輩!!なんなんですかそれ!怖いからたっ…食べるってなんの繋がりがあるんですか!?」
(…やっぱり可愛い)
雷蔵からすれば確かに理解出来ないだろう、天井裏でチッという舌打ちの音がかすかに聞こえ気配が去るのを、長次は雷蔵の首筋に顔をうずめながら感じた。












副題「まんじゅうがこわい」

一言:長次なら無事怖いもの退治(?)したよ!
六年生は二人の気持ちに気づいていない方向で…ただし仙蔵は冒頭の会話でん?とか思って疑ってます。仙蔵の予想通りな結果(笑)
そして留さんは六年唯一の常識人なのでこんな扱い。

ていうか肝心の長雷が前半全く絡んでないっていう…(逃)



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