【巡る愛の日】





今年もこの季節がやってきた。
赤とピンク、あるいは意表をついて青や白、とりどりに飾られた駅ビルの一角には今年もバレンタイン特設売り場が設けられていた。
上の階にあるペットショップに行くため通りかかった孫兵はふ、とそれが視界に入る。
(…今年は…あげてもいいよね?)
昔から好きだった隣人と両思いになったのは昨年の事、それまで毎年この季節の度に贈ろうか贈るまいか迷っていたのだが今年は堂々と贈る事が出来るのだ。
企業の策略に諸手を上げて賛成するわけではないが、チョコを贈ることができるのをなんとなく嬉しいと思う。
いざ足を止めて売り場を見渡すと今まであまり意識していなかったが種類が膨大だ、世間事に疎い孫兵でも知っている有名ブランドから小学生層を狙ったかわいらしいもの、端の方には手作りキットまで売られておりどこをどう見ればよいのか全くわからない。孫兵はしばらくぼうっと立ちすくんだ後、一旦自分の買い物が先だとペットショップへ逃げるように立ち去った。


今年もこの季節がやってきた。
毎年断りきれずまさに少女マンガのような量のチョコに襲われる留三郎にとってここ数日の機嫌は最悪だった。
甘い物は嫌いではないがこの時期のチョコレートだけは勘弁してもらいたい。毎年可燃と不燃ときちんと分別して捨てるのは正直骨だし申し訳ない。
「なんだ浮かない顔だな色男」
「…当たり前だ」
突如現れた悪友に驚く様子も見せず留三郎は悪態をつく、その様子に仙蔵はヤレヤレと呆れ顔になった。
「お前も私のように器用に受け答えできれば苦労はしないんだがな」
「悪かったな、お前みたいに器用じゃない」
悪友仙蔵は留三郎とは違った意味で見目整った青年だ、色白で黒い髪も絹の様だと言い表せば女性的だが体型も顔つきも立派に男のそれだ。そのため男女共に人気は強く常に回りにファンがいる、こうして話している数メートル後ろではもはや彼の友人であるなら見慣れた所謂ストーカーとやらが数人、隠れているんだか隠れていないんだか、微妙なラインでこそこそしているのが見える。
「今年は恋人がいるから、と断れるだろう?」
「…それは…そうだが…」
確かに昨年から付き合い始めた恋人はいる、だが相手は高校生でしかも男だ。もし恋人の居所が知れたら彼に危害が及ぶのは容易だ、女子の陰湿さもこの年になれば予想がつく。それに第一問い詰められれば最終的に自ずから素性を話してしまう気がするのだ。押しに弱い自分の所為で彼を傷つけたくはない、眉を寄せ渋面を作ると仙蔵も留三郎の思考を読み取ったのかため息を付く。
「いじるのも飽きたな」
現れたのも突然だったが去ったのもまた突然に、仙蔵はくるりと背を向けてすたすた歩いていってしまった。


◇◆◇


コンコン…
「……?」
いよいよやってきてしまった当日、留三郎はいつもより早く目が覚めた、不安のあまり眠れなかったのは明白だ。頭もまだ少しぼんやりとするがここで二度寝してしまうと自分の身が危ない。
丁度休日であるし、当日の対策としてやはり外出しないことに決めた。
大学の友人からは随分と妬まれたが毎年の留三郎の惨状を良く知る悪友らは苦笑しながら止めるコトをしなかった。
しかしただ家にいるだけではどこかで住所を聞きつけたツワモノがやってくるかもしれない。
そして留三郎は垣根越しに隣家に入りリビングのガラス窓を軽くノックしたのだ。ちなみにこれも道路から遠回りすると見つかる可能性も予期しての行動だ。
「…トメ兄さん?」
「おはよう」
気まずい表情の留三郎を孫兵は唖然としながらとりあえず寒いので室内に入れる。開閉はすばやくしないと室内犬のジュンコが脱走するので留三郎一人がやっと入れる隙間に彼は飛び込み、それと共にタイミングよく閉めた。
「どうしたの?」
後一歩と言うところで窓を閉められ落ち着かないジュンコをなだめながら、突然やってきた留三郎にやはり慌てたのだろう、驚いて孫兵は留三郎に尋ねてくる。
「すまん、今日一日非難させてくれ」
「…それは…うん、いいよ」
何からの非難であるのか珍しく解ったらしい、いつもなら鈍感とは言えないが世間ズレしているためもしかしたら聞き返してくるかとも思ったのだがその様子は見られないまま孫兵は留三郎に飲み物を用意している。
今までなら確かに理由を言ってもよかったのかもしれないが、付き合っているとなると言えば気を悪くするだろうと留三郎はそのまま黙っていることにした。
やがて孫兵が持ってきたお茶をありがたくいただいてのんびりする、何年も行き来している家なので今更居心地の悪い事は全くない。
徐々にまだ昼前だというのに休みと聞きつけたツワモノの話し声が遠くから聞こえ早めに非難してよかったと内心ほっとする。
「この声、トメ兄さんの家に用じゃない?」
表の喧騒に気づいた孫兵は心配そうに留三郎の様子をうかがう、しかし留三郎は腰を上げる事無く居座り首を横に振った。
「いや、あれはバレンタインで押しかけてるだけだから…無視していい」
迷惑そうに留三郎が「バレンタイン」と口にした途端びくりと肩を震わせる、その様子に流石におや、と首をかしげた。

(…どうしよう、迷惑そう…トメ兄さん格好いいし人気があるから毎年たくさんチョコ貰っているだろうしうんざりだよね…全然気づかなかったっていうか興味なかったっていうか…どうしよう…)

突然、ワン!と鳴く声が響いた。ジュンコが孫兵のすぐ後ろで吼えているのだ。住宅が密集している町なのであまり吼えないように孫兵がきちんと躾けているはずなのだがその吼え方は異常だ。
「ジュ…ジュンコ?どうしたの?!」
何事かと慌てて孫兵がジュンコをなだめようと後ろを振り返る、留三郎もその異常な様子にジュンコに近づくと彼女はある一点を見ながら吼えている事に気づく。
「…?」
留三郎は孫兵が彼女をなだめている間にゆるりと腰を浮かしてその一点へ近づく、電話台の物を置くスペースにあったそれはあまりにも堂々と置かれているためこの部屋に入って全く気づかなかった。
この家の(人間の)女性は彼らの母親だけなのでその存在にすぐさま違和感を覚える。
「あっ!」
孫兵の声が後ろで響く、留三郎が何に気づいたか、ジュンコが何に向かって吼えていたのか、気づいたのだろう。一瞬取り繕う思考が働いていたようだがすぐに諦めたようで顔を伏せ、躊躇いながら口を開く。
「トメ兄さん、に…迷惑じゃなかったら…」
それが自分宛てなのだと知って留三郎は少々驚きながら手に取る、まさか孫兵から貰えるとは思ってもいなかったのだ。どうするつもりにせよこれは無造作に置きすぎだろうと孫兵の思考に疑問を抱く、抱いたところで孫兵の愛情は人間よりも自分のペットに傾いているので仕方のないところだが、貰えただけでもよかったと留三郎は内心どこかで諦める。
留三郎が孫兵から貰ったそれは薄茶の包装紙に深い桃色と銀色のリボンでラッピングされた可愛らしい箱だった。
しかしどうも自分宛にしては女性らしいデザインだと不思議に黙って見ていると沈黙に耐えられなかったのか言い訳をするように孫兵は喋りだす。
「売り場で迷ってたらお店の人が『逆チョコですね?』って言って気が付いたらこれになってたんだ」
「ほぉ…」
手に取ると確かに中に何かが入っている重量感を感じる。そう言えばTVで今年は男性から贈る用もあると言っていた、だから男の孫兵が売り場に行っても怪しまれなかったのだろう。
この時期のチョコレートは確かに勘弁して欲しい、けれど孫兵から貰うとなら話は別だ。いくらでも欲しいと欲張る自分に内心苦笑する。
「ありがとうな」
「っ…うん」
受け取ってもらえるか不安だったのだろう、それまでの強張った表情が一転柔らかくなり親しいものにも滅多に見せない笑顔を見せた。
それこそ真に欲しいと常日頃思っていたもので留三郎は時計をちらりと見、そして孫兵を見た。
「そう言えば、ハチやおじさんおばさんは?」
「…?ハチ兄さんは出かけたし、父さんと母さんはデート、夜まで帰らないよ?」
だからここまで静かだったのか、と納得して立ち上がる、それを目で追っていた孫兵の手を引いて立ち上がらせ彼の部屋へ向かう。何度もお邪魔している隣家なので間取りはきちんと把握している。
「もう少し、我が儘を言ってもいいか?」
振り返り、孫兵の顔を窺うと彼はしばらく目を大きく見開いた後、黙ってこくりとうなづいた。

















一言
孫兵は(人間には)笑顔の安売りしないと思うんだ…どうだろう…?
もう一案として孫兵が手作りに失敗する、というのもあったんですが、すると留さんの心労がプラマイ軽くマイナスになると判断して止めました、こう言うときくらい心配性から開放してあげたいと真剣に思う。

ジュンコは孫兵が大好きで、本当大好きで、大好きなんだと思います。だからたぶん苦しんだ挙句、一番ソンしてしまうんじゃないでしょうか…?そう思います。



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