いつ生まれたか?と問われ素直に僕は、と答えた。
「僕は啓蟄を過ぎた頃に生まれたらしいです、あ、でも僕が生まれた年はなぜか桜が早咲きで、いくつかはもう咲き始めていたそうです」
通常ならばまだまだつぼみは硬く開きそうも無い時期である頃だと言うのに異様なほど早かったらしいのだ。
あの人はそれを聞くと短くそうかとだけうなづいた。

そしてその春にあの人は去り、次の春――


あの人は迎えに来てはくれなかった。







【私は信じる】





まだ僅かに雪の残る山道を雷蔵は三郎と二人、連れ立って歩いていた。
立春は当に過ぎていたがほんの半月前までは冬が居座っているような寒さで、凍えんばかりだったというのになぜかこの数日、春の陽気がぽかぽかと大地を暖めている、そんな日差しを見上げながらすこし厚着しすぎたかと雷蔵は背中にじわりとかいている汗に気づいて後悔する。

忍術学園を卒業して一年が経った。進路はどうするか直前まで悩んでいたが仲間内で最も気の合う鉢屋三郎と組むことになり、フリーで色々な仕事を転々としていた所為か一年がそれまでより早く過ぎたかのように感じる。
「もうそろそろ桜の季節だね」
「あーそうだな、ここ何日か暖かいし、今年は早いかもな」
隣の自分の顔へ声をかけると自分とは違う表情で遠くにある桜を視界に捕らえつぼみの膨らみ具合を確認する、そういうちゃっかりした所は相変わらずだ。

「ああ、そう言えば僕の生まれた年も早咲きだったんだって」
「は?それはかなり早すぎないか?」
本当に驚いたのだろう、目を見開き、雷蔵はあれ?と首をかしげる。しかし次の瞬間には一人で納得したようにうなづいた。
「どうしたんだよ?」
「え?あ、そう言えばこの話ししたの先輩だけだったな、って」
故意に誰にも話さなかったわけではない、ただ単に周囲へ話しそびれ、それをたまたま聞いてくれた人がたった一人だけいたと言うことだ。その人は、雷蔵の話すことならなんでも聞いてくれていた。

ただ「先輩」とだけ言ったにも関わらず三郎は誰を指し示しているか解ったのだろう、露骨に嫌そうな顔をする。あまりにも面白い表情に「そんな顔しなくても…」と笑う。
「あんなヤツの話しなんかすんな」
低くうなるような声は本気で渦中の人物を忌み嫌っている。
「アイツは、お前を捨てただろう?」
「んーでも僕は…信じるよ」
三郎の険しい顔を和らげるかのように苦笑しながら雷蔵は答えた。


二年前、雷蔵は当時の最上級生であり図書委員長である中在家長次と恋仲だった、その睦まじさを知る者ならば誰もが雷蔵の卒業後は二人で組んで忍として共に生きていくのだろうと、大いに当てつけられながら感じていたのだった。
雷蔵も、そして長次も、互いにその通りだろうと半ば確信していたので長次が卒業をするときは周りの者が驚くほどあっさりと別れたのだが――…

一年後、雷蔵がいよいよもって卒業するという間際まで、長次はその姿を学園にも、その付近にも見せる事は無かった。


愕然と、裏切られた、と感じたのは雷蔵本人よりもむしろ周りの人間の方だったかもしれない。
時折不安げな表情を見せながらも、だた黙って遠くを見る雷蔵を他所に三郎をはじめとする友人らがこぞってわめき、最終的に雷蔵本人に止められたほどだ。
そして、納得の行かない友人らの前で気丈にも笑い――
「先輩が、忍としての役目を立派に果たしてる証拠だよ」
と、誇らしげに語った。


「先輩は、迎えに来てくれる」
笑顔で根拠も無く言ってのける雷蔵には正直感服する、三郎ははぁとため息をついた、当に怒気など消えうせている。
「どっかでくたばったかもしれねーし、現実はそう甘くねぇよ?」
「んーあんまり想像出来ないけれど…」
忍の世界はそう生ぬるくは無い、実際三郎と雷蔵もこの一年で命の危機に瀕した事は度々あった。
その姿を想像したのだろう、苦笑しながら答える雷蔵のように特別に想っていなくても確かに長次はそう簡単に命を落とすような人間ではない、むしろ首だけになってもにやりと笑って喰らいついてきそうだ、うっかり学園でも名物であったあの笑顔を思いだしてしまった三郎は身震いする。
「とにかく!アイツのことは忘れろ、それがきっと…」
「……」
お前にとって最良のことだ、とはどうしても言えず他の言葉を捜しあぐねていると察した雷蔵がふわりと笑う。三郎が何を言いたいのか、どれほど自分を考えてくれているのか、見通しているのだ。
いくら約束を破られようと、傷つけられようと、雷蔵の想いが不変であるかぎり忘れる事は最良の事ではないのだ。
「…お前はどうしたら…吹っ切れる?」
「さあ」
三郎は、中在家長次という存在にいつまでも縛られ続け、自由になれないでいる雷蔵を見ている事が苦痛だった。それは自分がそうやって何かに縛られる事を疎んでるから思うのかもしれない。
なるべく別のことに興味を引かせようとここ一年引っ張りまわしてきたが雷蔵の意思は変わることなかった。
逆に言えばそれほどまでこの二人には強い絆があったはずなのだ。それを一方的に絶ってしまうとは、と余計長次に対しての怒りがこみ上げる。

「三郎、この辺だろう?」
先ほどから歩いている山道の緑は春を向かえたとは言えまだ少なく景色がさほど変わらない、寂れた雰囲気の中腹へいつの間にか差し掛かっている事に気づかなかった。
「あ、そうだな…」
ふつふつとこみ上げていた怒りを収め目印の銀杏の老木を探す、その元に次の仕事内容が五色米で暗号化され置いてあるのだ。わざわざ所属している組織から仕事を言い付かるにも毎度こんな凝った方法なので正直苦労してしまう。
「向こう探してくる」
三郎は山道をそれた獣道へ分け入りながら雷蔵にここで待っているよう呼びかける、全て言わずとも理解した雷蔵はこくりとうなづいて三郎を見送った。
ガサガサと音が小さくなると雷蔵は辺りを見回しどこか適当に休める場所は無いか探す、しかし手ごろな岩はなく、地べたに座るにしてもまだ大地は冷たい時期だ。

諦めてぼうっと突っ立っているとまるで一年前、学園の門で彼を待っていたときの気持ちになる。
あの時はいつ姿を見せてくれるのだろうと期待に胸を膨らませ待っていたが、来ないと気づくと何か危険が身に起こったのかと不安になった。それを払拭できたのは他でもない友人の言葉だ。
躊躇いなく胸倉を掴みあげられると「お前が信じないでどうするんだ?!」と顔面近くで叫ばれた。
言った本人はもう忘れているがその言葉には随分と助けられた、だからこうしてあの時から今も信じて待つ事ができるのだ。

あれほど自分の事を考えてくれる友人達を持てるのは幸せだ、とくすくす思いだし笑いしているとひらり、となにか白いものが視界を横切った。
(…まさか雪…?!)
不安定な気候で冷え込んだこの山中にならありえない事では無い。
慌てて周囲を見渡すとそれらしきものは降っていない、じゃあ何事だろうと眉根を寄せて考え始めたその瞬間。

「…あ」

目を見開く、口がいつの間にか半開きだ、腕にうまく力が入らない、思考も、うまく働かない。

目の前にいるのは夢幻か、疑いたくは無かった。

半歩歩み寄ると向こうは二歩、近づいた。
顔はより精悍に、傷も増えたがあの無表情ぶりはずっと消さないでいた記憶どおりだ。
髪の毛も大分伸び、ただ一つの違和感は最後に見た苔色の制服姿ではなく一介の町人の格好をしていたことだった。そういう雷蔵自身も忍務の途中で私服姿だ。
「中在家…先輩…」
ようやくの事で渇いた口からその名をこぼす、目の前の人物は瞬きをしながらそれ以外の顔を動きをさせずにゆっくりとうなづいた。
いよいよもって確信を得た雷蔵は安心したように柔らかく微笑む、それまで張り詰めていたものが全て緩んだ、ここ一年誰にも見せなかった笑顔だ。

もっと近づき、両手を伸ばし、抱きつきたかったのをぐっとこらえたのは長次の手に見事に咲いた桜の枝が一本握りしめられていたからだ、先ほど雪かと思った白いものはその花びらだったのだ、いくつかつぼみが膨らんでいるのも混じっているがここまで咲いているのはまだ見た事が無い。
「どうしたんですか?その桜…」
この付近ではまだ咲いていなかった、とすればどこからかわざわざ探し出して手に入れてきたのだろう。なぜそんな手間をかけたのか雷蔵は首をかしげる。
「今年は丁度、お前が生まれたときと同じ、早咲きだったからな」
昔、ぽつりと呟いた一言だったと言うのに覚えていてもらっていたのだ。驚いたがすぐにこの人ならば自分の一言一句を正確に覚えていても不思議はないと納得した、つまりそれほど記憶力が高い人間なのだ。
「生まれた祝いだ」
年を重ねるのは通常新年で、生まれた時期を祝うことなどない、ただ一度だけ二年前の初冬、長次が生まれた頃だと偶然ながらも知った雷蔵は彼へ祝いの言葉を送った、それを倣ったのだろう、まさかこれほど嬉しいとは思ってもいなかった。
「あ、ありがとうございます…!」
受け取った枝は刃物で切ったのだろう、綺麗な切り口でまたはらりと花びらが落ちる。
花を渡した事で空いた手が雷蔵の頬を撫ぜる、その手の感触は紛れも無く長次の手だ。僅かに熱が高いのはおそらく急いでここまで来たのだろう。

「随分、待たせた…」
「いいえ、お疲れさまです」
二年前に戻ったかのようにねぎらいの言葉をかける、そう言えばあの頃は長次が実習から戻る度、あるいは鍛錬に酷く集中し何日も帰らなかった翌日に、よく言っていた。
本当は今までどうしていたのか、なぜここがわかったのか、今すぐにでも聞きたい事は山ほどあった、だがこうして懐かしく会話できる事の方が心地よく、どうでもよいと打ち消す、おそらくすべていつか聞く事ができる事ばかりなのだ。
「…行くぞ」
それは長次も同じであったのだろう、何も話す事無くそれまで雷蔵が三郎と歩いて来た山道を下り始める。
いつまでもここにいる理由は無い、今までのことはもちろん、これからの事は歩く道すがら話しても遅くは無い。ただ決まっているのは最初から共に生きる事だけだったのだから。
「はい」
躊躇いもなくうなづいて後に続いた。

◇◆◇

「雷蔵ー今回オレ一人で大丈夫そー…って…」
がさがさと音をたて三郎が元の道へ戻ってくるとそこには誰の姿も無かった。
慌てて飛び出して道の前後を窺うが人っ子一人見当たらない。気配すら自分や周囲の森に潜む動物や鳥以外のものは感じられない。
「雷蔵…?」
相手を思いやり身勝手な行動をしない雷蔵の姿が見えないことがこれほど異様だとは初めて知った。なにかあったのかと不安にかられながらとりあえずドッドッと騒がしい自らの心拍数を押さえ込む。

ふと足元に花びらが数枚落ちている事に気づく、ここを離れる前には無かった事から、花びらがここに落ちてからそう時間は経っていないと言う事だ。
確か周囲にはつぼみの膨らんだ桜はあれど開花しているものは全くなかったはずだ、念のため、ともう一度見渡すが先ほどと変化は見られない。


「なんで…桜の花びらが…?」














一言
かなり遅れましたが雷蔵お誕生日小話です;;雷蔵には桜(と旦那さん)をプレゼント、という事で。密かに「私は求める」の続きです。
しかし雷蔵、長次を信じすぎだろう…書いててこっちが不安になるほどです。
鉢屋の事も信じてます、自分がいなくなった理由に気づいてくれるだろうと信じてます。

魚座のキーワードは「私は信じる」、愛とは思いやりでありすべてである、という最も難解なキーワードです。けれど雷蔵らしい。





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