「雷蔵?どこに行くんだ?」
「ちょっと図書室」
すれ違いざまに八左ヱ門が声をかけるといつもどおりの笑顔で返される。
新学期は始まったばかりで委員会内の会議も開いていないうちから当番でもないのにそこへ向かうのにひっかかりを覚えた八左ヱ門は首をかしげながら手にしていた虫籠を持ち直して再び雷蔵へ訊ねる、今度は通りすがりの挨拶などではない。
「なんで図書室に?」
「昨日の学園長の話でさ、近々戦に始まるなら学園も巻き込まれるだろうから早いうちに済ませられるものは終わらせておこうと思って…」
困ったようにしていながらも笑う表情に八左ヱ門もなるほどと納得をする、彼も同じ理由で冬眠明けの虫たちを保護しておこうとこうして虫籠を持ち出していたのだ。
「ならおんなじだ、早めにすませよーぜ」
そうしてお互い別れた。



【ユズリ葉】





それから数刻後、その時は丁度二人揃って図書室にいた。

まだ委員会は仕事を始めてはいないが、自主的に仕事を終わらせておこうと授業の前に図書室に足を向けたら口裏を合わせたでも無いのにそこにその人がいただけだった。
「おはようございます」
「……」
相変わらずぼそぼそとした挨拶は、しかししっかりと雷蔵の耳へ入り、そのまま顧問から預かった鍵は使わず彼が常に持ち歩いている図書室のカギで、戸が開くのを後ろで待つ。中へ入るや否や各々が片付けてしまおうと思っていた仕事を黙々と始めた。
始業式の学園長の挨拶からこちら、特に昨夜になってからどうにも不穏な空気が教師の間で流れている、流石に情報は流れてこないがこの学園においてこういった空気は日常茶飯事で、しかも新学期が始まったばかりの頃は外部の人間に振り回されることが多い、今回もまた一派乱起こるのだろう。一波乱起こればこの作業はもちろんできないので、今終わらせておけば後々ほんのわずかだが楽になる。
図書室の戸は開いているとは言え、正式に開館しているわけではないから誰も訪れる者はいない、もっとも不穏な空気を肌で感じる上級生なら彼らのように各々自らの役目を果たすため奔走しているので訪れるわけがない。いつも以上に耳をつんざく静寂の中でちょっとした紙の擦れる音すら煩かった。
「…一人で作業するつもりだったか?」
突然の問いに若干聞き洩らしながらも彼の言葉を把握する、無口であるが故、長次が話題の口火はめったに切ることはない。
「はい」
それは先輩も同じだと思いながらも口を噤み、ただ素直に返事をする。
「次は呼べ」
「…目上である先輩に、頼みごとなんて…」
できるわけがないと言おうとした、そんなときだった。

「おい雷蔵!」
やや乱暴に開けられた戸から三郎が顔を出す。その場に長次もいるのだと認めるとあからさまにむっとした表情になって一応挨拶をした、日常茶飯事なのでもうなにも言う事はない、と言うより、これでも挨拶をするようになっただけマシなもので、雷蔵はこっそりと胸をなでおろす。長次も長次で騒がしい声に一瞬ぴくりと反応したが挨拶をされたので一応挨拶を返す、といってもいつも以上に声は小さい。
「三郎、どうしたの?」
「学園長がまぁた変な事思いついたらしくてさ…今から混合ダブルスサバイバルオリエンテーリングをする事になった」
まず「学園長」の「が」の字から既に学園で何が起ころうとしているのか勘付いていた二人はさほど驚く事無く三郎の話に相槌を打つ。
「僕たちはどうなるの?」
「ルールは前回と同じ、ただ今回は一年から六年まで、異学年ならだれと組んでもいいらしい」
異学年同士組んで関門を突破するのは前回と同じだが、今回の六年参加を聞いた刹那、長次と雷蔵は目を合わせる。

そう、目の前の相手と組めば優勝は絶対なのだ。

お互い競い事で一番上になろうなどという意思はあまり強い方ではないが、おそらく成績にも影響が出るともなれば話は別だ。上の学年であればあるほど組めば有利なのだから五年以下の学年はこぞって六年と組みたがるだろう。
じゃあ…と、今この場で組んでしまおうかとどちらかが口を開くよりも三郎がそれを遮った。
「ちなみに優勝したら学費が半年分免除になる」
「……」
その言葉にぴたりと動きが止まる。
そうしてまたお互いに顔を見合わせた。

そんな巧い話に簡単に乗ってしまう可愛い後輩を彼らはよく知っている。
三郎はにやにや笑うと「私はもう組みたい子がいるから」と言い残して去ってしまった。おそらく彼は組む相手が誰であろうと構わない、絶対の自信があるのだろう。
しんと静まり返った図書室内は長次と雷蔵の二人だけで、窓越しに外からの、おそらくペアを決めるための騒がしい声が聞こえてくる、早く行動に移さないとお互いに声はかかってくるのは時間の問題だ。
「ここで僕達が組んでも、いえ、むしろその方が優勝は確実ですけれど――」
「……」
雷蔵が静寂に遠慮するように口を開き、長次はその言葉にうなづく。
仮にも忍者を目指すもの達が集まるにも関わらず、彼らは皆揃ってなんだかんだと言いつつ優しかった。これで組まれるペアも上級生ばかりで固まらないだろう、それが「大人げない」ということを若年ながらも既に気づいているのだ。長次と組もうとしたことはわがままだったと雷蔵は内心反省する。
「でもやっぱり、自分でほしい物は自分で手に入れたほうが良いと思います」
「ああ」
「それに、貰えるなら何でも貰うと言っても…心底嬉しいわけでは無いでしょう」
そこまで意地汚い子ではないはず、と思いつつも雷蔵は一瞬だけそれでもあの子は遠慮なく喜ぶのかもしれないと疑い、あわててそれを振り払った。
三度、目を合わせて、雷蔵は、今度はふわりと口元を上げた。長次も表情の変化は無いが笑っているのが解る。
「――すみませんが、きり丸のこと、よろしくお願いします」
「解った」
きり丸を優勝させるためには年長の長次と組む方が有利だとお互いにより確実な方を選んだ、雷蔵としては目上の彼に頼みごとをするなどあってはならない事であるから一瞬躊躇ったが、かといって自分が長次を上回る技術を持っているわけではないのでそこは早々に諦め、決めた。
長次は返事をするなりスッと立ち上がる。普段は無口であるがこうして言葉としての返事が欲しい場合は必ずくれる長次の優しさに雷蔵はまた笑う。少しだけ、下級生であるきり丸が羨ましく思えた――学年が近い故に彼を一番近い所で支えられる今、下級生になりたいとは思わないが。

とたとたと廊下からコチラへ向かってくる足音が一つ聞こえる。歩調からして怪士丸だろう。
彼が来る前に天井に上り去ろうとする長次を見送り雷蔵はこっそり付け加えた。
「わざとは負けません、僕も頑張ります」
「…お前の頼まれ事などないからな…こちらも手加減しない」
「え…あの、それはやむなくであって…ええと…」
ふいに長次が無表情なりに喜びを表現したので雷蔵はあわてて首を横に振る。その赤くなった困り顔に満足したのか最後にちらりと一瞥すると天井の板が静かに閉じられた。
「先輩いますかー?」
天井が閉じられると同時に戸が開いていたのだろう、混乱し気づかなかった雷蔵は一瞬だけ驚いたもののすぐに平常心をこころがける。
「あっああ、丁度良かった怪士丸…オリエンテーリング一緒に参加しない?」









一言
日記にさらした46巻補完妄想です。
転載するにあたりあのままじゃお得感ゼロだよな、という事でちょっと、本当にちょっとだけ書き足しました;;ちょっと長雷度が上がったと…いいなぁ…
本当はこんな都合良いことなどなく、雷蔵も純粋に長次の「きり丸に学費あげる」という目的を最後まで知らないで、知らされた瞬間「先輩、そこまで考えていたんですね…!」と感動してるといいですv
でも長雷スキーなのでこのくらいの妄想は許してくださいね。






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