◇屋根の上◇





 不破雷蔵は、食堂に通じる廊下の真上の屋根に、胡坐をかいて座っていた。
 ぽかぽかと暖かな陽気で、時折爽やかな風が吹き抜ける。雲は新緑に輝く山に色を添えるように一つ二つ浮かぶ程度で、頭上には澄んだ青空が広がっている。
 絶好の日光浴日和に、雷蔵は、ぼーっと遠くを眺めていた。
 ──わけではない。
(次は…賑やかだなあ、1年生だな。5人)
 5年ろ組の生徒は今、学園の様々な場所で1人ずつ、雷蔵と同じような体勢でいる。
 昼食前、食堂へと移動する生徒たちが、彼らの居る屋根の真下である廊下を通る。その時に、声や気配で人数を的確に探る訓練が、午前中最後の授業であった。
 雷蔵がいるのは縁側と言っても良い廊下の張り出した屋根で、下を通る人間との距離が近い。探り易いが、逆に言えば察知される可能性も高い場所であった。
(くのいちの女の子、2人)
(この声は、4年生の…3人)
 相手が授業などで警戒して気配を消しているならまだしも、食堂に向かう無防備な
状態では、気配だけでも人数を間違えることはない。
 だが実際に忍び込んだ時のことを考えれば、人数だけでなく、もっと多くの情報を得られる方が良いに決まっている。
 三郎だったら他に何を感じ取るんだろうなあ──と、別の場所にいる級友を考えた
とき。
(あ)
 雷蔵が目線を下げた。勿論、目に入るのは瓦なのだが。
(6年生だ)
 今までも隠していた気配を、更に慎重に消す。
 雷蔵たちが3年生頃だったろうか、まだ気配の消し方が未熟で、1年先輩の彼らに
気取られていた頃は良くからかわれた。授業用の威力を抑えた物ではあったが、宝禄火矢を投げられたこともある。
 心身ともに成長した今はそんなこともないのだが、体は勝手に防御体勢に入るらしい。
 学園で最もハードな授業を繰り返す6年生がここを通るということは、ほとんどの生徒が食堂に移動を終えただろう──この授業のお陰で、5年ろ組が最後になるのは間違いない。
 明るくて良く通る声が過ぎて行く。
(七松先輩の声…)
 今日は校外に出たクラスもないから、6年生の中でも一癖も二癖もあると評判の6
人も全員揃っているはずだ。
 次々通り過ぎていく気配と、幾つかの話し声。
 そして最後尾から。
(…中在家先輩だ)
 一番身長のある彼は歩幅が広い。だから普段誰かと一緒に歩くときには、歩調を合
わせるため、ほんの少しペースを落とす。
 学園一無表情と言われ、確かに感情を表に出すことが稀な中在家の小さな特徴を見つける度に、雷蔵は嬉しくなる。
 例えば、何か気にかかることがあった時、片眉が少しだけ上がるとか。
 例えば、意外と口角は感情に比例して素直に(他者からは確認出来ず首を傾げる程度に微かに、なのであるが)動くとか。
 そんなことを思い出したら、意識せず、雷蔵の口元に笑みが浮かんだ。
 ふと下で、中在家の足音が止まった。
(あれ?)
 誰かが彼を呼び止めたのか? ──いや、そんな気配はない。彼1人きりだ。
「…不破」
 普段より大きくはあったが、それでも小さな声がしっかりと聞こえてしまい、心臓が跳ねた。
(な、何で…)
 ちゃんと気配も消していたのに。
 しかし見つかってしまったものは仕方がない。そうっと、屋根の端から顔を覗かせる。豊かな髪は逆さになると、重い。
 とりあえず今日は初めて会うのだから、
「こんにちは、中在家先輩」
 と挨拶する。
「ああ」
「…何で、判ったんですか…?」
 雷蔵がおずおずと訊ねると、彼を見上げる中在家は、
「お前だから」
 と、表情を変えずに一言、あっさりと言った。
 雷蔵は徐々に顔が熱くなっていくのが判った──決して逆さになっているからだけではない。
「…えと、まだ授業中なので…」
 うむ、と中在家は厳かに頷いた。そして食堂に向かう。
 彼を見送って、雷蔵はズルズルと屋根の上に戻った。
 心臓は早鐘を打ちっ放しだ。両手を頬に当てて、熱くなった顔を冷ます。
 中在家のくれるストレートな言葉は嬉しい。嬉しいのだが、如何せん色事に免疫の
ない雷蔵は照れが先に出てしまう。
 何度か深呼吸をし、ばくばく言っていた心臓が収まりかけた頃、重要なことに気付
いた。
 そんな理由で見つかってしまうのなら、この先、どう潜んでいても中在家には気付
かれてしまうということだ。恋人としては嬉しくもあるが、忍としては喜んでいる場合ではない。
(え? え?? どうすればいいんだろう?)
(それとも本当は、僕が気配を消し切れてなかった??)
(でも中在家先輩が嘘をつくなんて思えないし…)
 雷蔵は腕を組んで瓦の一点を見つめ、ぐるぐると考え出す。
 それは集合がかかっても現れない彼を、三郎が呼びに来るまで続いた。


(…多分今頃、ぐるぐると悩んでいるんだろうが──)
 長次は悪友5人と食堂の定位置に着き、彼らが確保してくれていた本日一番人気のから揚げ定食を前に、ありがたく手を合わせた。
 雷蔵が考えたことは、一部、正解であった。
 気配を消して潜んでいる雷蔵に、途中までは本当に気付いていなかった。
 しかしいつも2人だけで過ごす時の、雷蔵の優しさというか穏やかさというか、柔らかさというか、ともかく中在家が最も“心地良い”と思っているものが、あの瞬間──雷蔵が中在家のことを考えて笑んでしまった時である──だけ感じ取れた。
 他者はそれをどう感じるか知らないが(分けてやるつもりは毛頭ないので構わないが)、雷蔵が中在家に向ける感情そのものと言って良いそれに、彼が気付けないわけがないのである。

 ──と、屋根の上で悩んでいるであろう恋人に、教えてやるべきかどうか。


 …今夜、2人きりになってまたあの心地良さに包まれたら決めよう。
 中在家は少しだけ口角を上げ、1人頷いた。






《了》




◇すみません、言い訳です;;◇
雷蔵は中在家のことを考えてちょっと幸せな気分に浸ったら、その幸せオーラで当人に見つかってしまったらしいです。こんな物で本当に申し訳ありません…;; 修行して出直してきます…;;;




相互リンクお礼という事で、「murmure」のもとりさまから長雷の!!小説をいただいてしまいましたvv
幸せオーラでばれる可愛い雷蔵v
すぱっと言い切る長次!
微笑ましいです♪こんな可愛らしいお話もらえて幸せです〜

相互リンク、ありがとうございました!!









 
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