雨上がりに映るそら …後日談



 怒濤の委員会対抗戦が終了して数日が過ぎた。
 その時はどれだけの騒ぎになっても、終わってしまえば拍子抜けする程あっさりと日常に戻ってしまう。これも忍術学園らしさか。

 久作の風邪の症状は、校医の新野教諭の言いつけである『薬は処方した全てが終わるまできちんと飲むことと、ハードな実技は一日だけ休む』ことを守ったお陰か酷くならずに済んだ。
 元々が自覚もしなかったような微熱程度である、治療というほどでもなく、休養と栄養補給が何よりだったらしい。
 そしてこの日は彼にとって、対抗戦以後、初めての図書当番であった。
「やあ、久作」
 図書室の扉を開けると、雷蔵の柔らかな笑顔に迎えられた。
 彼はカウンターを出たすぐの所に立っていた。カウンターの上には何冊も本が積まれており、返却されたそれらを棚に戻す作業の最中らしい。
「こんにちは」
 久作は雷蔵に向かって一礼した。
 面倒見の良い彼の笑顔など珍しくないどころか、そうでない方が有り得ないと言っても過言ではないくらいなのに、何となく気恥ずかしいのは、体調不良(なりかけ)を看破されてしまった当人だからだろう。
 静かに扉を閉めて、自分もさっさと作業に加わってしまおうと雷蔵に近付く。
「体調はどう?」
 雷蔵が小声なのは、カウンターの奥の定位置には既に長次が陣取っているからだった。寡黙で何事にも無関心と評判の委員長であるが、図書室のルールを守らない者には、例え図書委員といえども容赦がない。
「おかげさまで…」
 同じように小声で答える。しかしその先の言葉を続ける間もなく、雷蔵はさっさと久作の額に手を伸ばした。
 納得しかねる表情で小首を傾げると、先日のように、こつんと額を当ててきた。反射か、癖のようなものなのだろうか。
 しばらくしてから元の位置に戻るとにっこりと笑う。
「──うん、大丈夫そうだね」
 本当に良かった──と、雷蔵の嬉しそうな表情が語る。
 この学園に籍を置く者は生徒教師を問わず例外なく癖のある人物ばかりで、雷蔵のように捻くれていない親愛や好意を隠さずに向ける者は圧倒的に少ない。裏のない笑顔に慣れないせいか、久作は少し照れてしまう。
「…あの…何で雷蔵先輩は、すぐ額くっ付けるんですか…?」
「え、だってその方が良く判るだろ?」
 雷蔵は、どうしてそんな当たり前のことを聞くのかとばかりに首を傾げる。
「そう…かも知れませんけど…」
 気遣ってくれる、それ自体は何だかくすぐったいけれど、素直に嬉しいものだった。が、実はカウンターの奥から遣り取りを気にしている長次の目が気になるのも事実──多分、雷蔵に言っても通じないのだろうけれど。
 久作が視線をちら…と長次に向けたのに気づいたのか、それとも長次がこちらを気にしていることに気づいたのか、雷蔵は、
「中在家先輩も心配していらっしゃるよ」
 と、何だかとても誇らしげに言い切る。
 久作の喉元まで、何度も『ちょっと理由が違うと思います』という言葉が出掛かったが、やっとの思いで押し留める。
 それに。
「…雷蔵先輩の方が熱くありませんでしたか?」
 逆に雷蔵を見上げて訊ねた。
「え、そんなことないよ?」
「でも少し熱かったですよ」
 さすがに年長者は日頃、下級生に体調不良を悟らせない。だから久作の方が驚いてしまい、少し強い語調になってしまった。
「うーん?」
 珍しい後輩からの言い分に、雷蔵は自分で額に手を当てて首を傾げる。
「ぅえ?!」
 直後、雷蔵は顔の向きを強引に変えられて、変な声を出してしまった。
 いつの間にか雷蔵の隣に来ていた長次が、彼の後頭部に手を添えて自分に方に向けさせ、更に上向かせたのだ。そしてそっと額同士をくっ付ける。
「…平熱」
 一言だけ言うと、ゆっくり顔の距離を戻した。
 そして雷蔵の頭の後ろに添えていた手を頭上に移し、ぽんと撫でる。とても優しい仕草だった。
 その様子を呆気に取られて見ているしかなかった久作の頭にも、長次はぽんと手を置いた。熱はないから安心しろという意味か、落ち着かせる意味なのか、判断の難しいところである。
 それから長次は元の場所に戻って、何事もなかったかのように読みかけの本に目を落とす。
「あ…ありがとうございます」
 しばし硬直していた雷蔵は、思わずといった風体で額を押さえ、ほんのりと頬を染めていた。

(…おでこくっ付ける時って…普通2人共目は閉じたっけ…?)
 眼前でほんのわずかな間に繰り広げられた光景を思い出し、自分まで頬が熱くなるのが判って、久作は心の中で小さな溜め息をつくのだった。
 ──しかし慣れというものは恐ろしい。
 久作は背後で、この時間に図書室を利用していたある意味とても不運な生徒たちが、居た堪れなさで一杯になっていることには気づけなかった。










***
栞様、サイト4周年おめでとうございます!!
お祝いの品のはずなのに、色々な意味ですみませ…(汗)
ええとポイントは、『お父さんはお母さんの平熱を知っている』で…すみませんすみません;;;
 




四周年でまた浮かれていたら「おめでとう」と頂いてしまいました!!素敵長雷!しかも夫婦!(落ち着け)カウンターの奥で窺ってる長次の視線に気圧されてる久作とか、目の前で繰り広げられた夫婦の光景に唖然とする久作とか、それに対して免疫がつきつつある久作とか!
…あ、久作しか語ってない(結論:久作視点の図書夫婦は大層ときめきます。)

また無理を言って転載させていただきましたvこれはもう転載するしか…!!そんなワガママを快く聞いてくださってありがとうございます♪

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