重ねる時のかたち


 新しい年を、学園で迎えるようになって何年になるだろう。

 忍術学園に在学できるのは6年間。
 そのわずかな期間でここは、プロとして通用する忍者を育て上げ、送り出す──けれど、幾ら学んでも鍛えても足りないと気づいて、学年が上がるに比例して、実家に帰る時間すら惜しいと考える生徒の数は増える。
 年末年始を含む冬休みも例外ではない。
 それでも年が改まるこの日ばかりは1年の区切りとして、また新たな始まりとして、誰にとっても少しばかり特別だった。
 大袈裟なことはしない。
 ただ食堂では餅が振舞われ、この夜だけは上級生が長屋でこっそりと、ささやかに程度を弁え酒を嗜む──くらいは教師も大目に見てくれる。
 帰省しなかった5・6年生全員が慣例のように少しずつ酒やつまみを持ち寄って集まり、新しい年に、静かに杯を掲げた。
 過ぎて騒ぐようなことはないが穏やかな雰囲気に酔うように、酒宴はなかなか終わらない。その内に、酒に慣れない者が潰れたり、仲の良い者たちで場を替えたりして、段々とメンバーが減っていく。

 彼らも場を替えたのは何度目か、現在は6年ろ組の忍たま長屋、小平太と長次の部屋に落ち着いていた。
 6年生6人は部屋の中央に車座になり、他愛のない話をしながら杯を傾けている。さすがにそれぞれ酔いは回っているらしく、同じ話題が何度も出たり、どうでもいいことでやたらとウケる。まあ酒宴とはそういうものであり、楽しい酒だ。
 そして部屋の隅には酔い潰(させら)れた5年生が3人、無情にも放置されていた。
 鉢屋三郎・竹谷八左ヱ門・久々知兵助である。彼らはそろそろ引き上げようとしたところを6年生に捕まり、この部屋まで(無理矢理)連れてこられた。
 三郎までもが潰れるのは余程のことであるが、5年生をからかえるのも最上級生の特権とばかりに彼らはハイペースで酒を注ぎ、どこから仕入れたのか旧年中にやらかした様々な出来事をバラされ──正直言ってこちらのダメージの方が大きい──色々な意味で撃沈して行った。

 この部屋にはもう1人、5年生がいる。
 長次が座る後ろには、布団が一枚延べられており、そこには酔い潰れた雷蔵が赤い顔をして、しかし何だかふにゃふにゃと楽しげな笑みを浮かべ、ぎゅうっと胸元に枕を抱え込んで眠っている。
 早くに潰れてしまった雷蔵のために布団を延べたのも、運んだのも長次だった。まあこんな扱いの差も、ここまでくると清々しい程であるが。
(番犬…?)
(番犬というには今一つ可愛くないな…)
(猛犬注意…??)
(御伽草子にこんな場面なかったっけ??)
(宝物を守るのは大抵妖怪と相場が決まっているものだ)
 と、失礼な感想を抱いたりする者もいたりする。


◇◇◇


「これ以外には、何も要らない」
 一体どういう経路でそんな話題に行き着いたのか、酔いすら表情に出さない長次は、自分の後ろで眠る人物を指して言った。
 それから、何も特別なことなどないというように、また無表情のまま杯を口に運ぶ。
 彼の隣で話を聞いていた仙蔵は、そういうことを簡単に言うものじゃない、と口に乗せ掛けて──やめた。無骨で実直、不言実行を絵に描いたような彼なら、いっそそうかも知れないと思ったからだ。
「…それ、直接言ったことある?」
 横から伊作が訊ねてきた。
 どうでもいいことをギャアギャアと言い合っていた残りの3人も、いつの間にか車座の範囲を狭めて近付いてきている。長次が珍しく語っているということ自体に興味があるようだ。
「…ない。…と思う」
 伊作は苦笑した。
「今度言ってやんなよ」
 どうにも生き急ぎそうなこの悪友が、最も執着を示したものへ。もっともっと執着して、無様なくらい死を恐れるようになればいい。
 ──そうすれば多少なりとも自分の命を惜しむようになるのではないか。
「…言ったら喜ぶか?」
 長次は杯を胸の高さまで下ろし、まだ底にわずかに残る透明な液体をじっと見つめてしばし思案した後、顔を上げ、真剣な顔で伊作に訊ね返した。
「──そうだね、…喜ぶかも知れないね」
 雷蔵が、長次本人ですら気にしないような言葉や小さな仕草といったものを拾い集めて大切に抱いていることは傍から見ても良く判る。そんな雷蔵の態度を時々、擽ったくも、もどかしくも思う。
「だったら、言う」
 うむ、と厳かに頷くのを見て、彼らは確信した。
(珍しい…)
(酔ったな、こいつ久々に…)
 5人は雷蔵にも他の5年生と同量の酒を勧めていたのだが、2回に1回は長次が奪って飲んでいたのを目撃している。余り酒に強いとは言えない雷蔵を気遣っての行為であろうが、酒宴の際には最初から最後までマイペースに飲み続けられる長次でも、2人分は過ぎた量なのだろう。更に背後にたからものを確保して気分も良いらしい。
 ──そうと判ればやることは一つ。
 それぞれ徳利を手にして、ずずっとにじり寄り、更に長次の杯を満たしていく。
「不破も卒業したらさー、お前どうするんだ?」
「迎えに来る」
「一緒に生活するのか?」
 こっくりと頷く。
 普段からは(例えこの程度でも)考えられない順風な会話である。これを逃せば次はいつこの重い口を開くか判らないので、とにかく質問を重ねる。
「…もし長次が1人で、どこか遠くに何年も忍務に出向くことになったら?」
「連れて行く」
「…不破がイヤだって言ったら?」
「言わない」
 あっさりはっきり即答で断言されてしまっては、咄嗟に返す言葉も出てこないというものだ。
「もし、万が一にさ、言ったら?」
「…言わないから、判らない」
 それからはどれだけ「例えば」「仮に」「もしも」を並べ、言葉巧みに訊ねても返る答えは変わらなかった。

 そんなに断言されては確かめるしかない──ということで、標的を変える。
「不破ー、おーい不破ー」
 文次郎が、うつ伏せで寝こけている雷蔵の肩を揺する。
「起こすな」
 長次の声のトーンが一段落ちた。普段彼の小さな感情を拾っている周囲としては、ここまでくると判り易いことこの上なく、却ってこそばゆくすら思える。
「…ん…? しおえせんぱい…?」
 目の前の人間の認識はしたが、今だ酔いが覚めていないのと寝惚けているのが、口調からも枕を放さない態度からも良く判る。
「あのな、お前卒業したらどうするんだ?」
「そつぎょう…したら、中在家先輩の所に押しかけに行きます…」
 声に力はないが、答えはハッキリしている。こちらも正気に戻らない内に答えを引き出しておかなくてはと、矢継ぎ早に質問を投げる。
「一緒に生活するのか?」
「はい…」
「もし長次が忍務で、1人で遠くに何年も行くことになったら?」
「一緒に行きます…」
「長次が、危険だから来るなって言ったら?」
「…ダメって言われても一緒に行きます…けど、先輩は、ダメって言わないと思います…」
 長次と同じ回答に、こいつら凄いのかバカなのか判らねぇ…と文次郎が本気で呆気に取られていると。
「なあなあ、不破は、長次が好き?」
 横から唐突に小平太が口を挟んだ。この手のストレートな質問をさせたら彼の右に出る者はいない。
「…ななまつせんぱい…?」
 眼前の人物を確認するように、まだ重いのであろう瞼を瞬かせる。
「え? うん」
「じゃあダメです言えません…」
「え、何が? 何で??」
 先程までとは打って変わって拒否。
 普段からも上級生の問いをはっきり拒むような後輩ではないので、その態度に小平太は首を傾げた。
「…僕はー、中在家先輩に…言っていただけたときから、そういう大切な言葉は、…大切だから、先輩だけに言うって決めたんです。だから、七松先輩には言いません…」
 ちぇー、そういうことかー、と小平太は口を尖らせる。
 と、留三郎が(しー)と人差し指を口に当てながら、もう片手で長次の後頭部を掴んで、雷蔵の目の前にぐっと突き出した。長次は前のめりになって体勢が崩れる。
 そんな留三郎の行動に小平太が喝采を送り、文次郎が「おー」と感心した声を上げる。酒の力は彼らを、ただの悪ガキの集団に帰らせていた。
「…あー、中在家先輩」
 長次は振り返って文句を言おうとしたが、長次を目に入れた雷蔵が嬉しそうな、満面の笑みを見せたので、やめた。
「さっき、潮江先輩と七松先輩が、ヘンなこと聞いてきたんですよー」
「そうか」
 長次が頷いてやると雷蔵は、えへへ…と笑って少しふらつきながら上体を起こす。長次は手を咄嗟に出しかけた。だが雷蔵は長次に倒れこむようにして両手を彼の肩に付き、ふにゃんと一度笑うと彼の耳元に口を寄せる。両手で口元を覆い隠しながら何事かを囁く。
 ──そして、彼らは見た。
 あの長次の、滅多に動くことのない頬がわずかに上がり、目が優しげに、愛しげに細められるのを。
 雷蔵は上体を戻してきちんと座り直すと、にこにこと、嬉しくて仕方がないという表情で長次を見上げる。
「…そうか」
「はい」
 そして見ている人間が恥ずかしくなるくらい幸せそうに、ふんわりと笑った。


◇◇◇


「…仙蔵、宝禄火矢。寄こせ。投げろ、奴らに」
 文次郎が手を出して、揃えた指を動かしてこの手に載せろと催促する。
 雷蔵の酔い方は、酒乱や泣き上戸といったものに比べれば直接的には害がないとはいえ──それを受け留める対象が同じ場所に存在する以上、周囲にとっては、前者同様タチの悪いことに変わりはなかった。
「悪い、さすがに今日は持っていない」
 仙蔵がこれほど申し訳なさそうに謝罪を口にする様は滅多に見られないだろう。
「次からは必ず持っているようにする」
「おう、そうしてくれ」
 神妙な表情で頷き合う様子からして、やはり2人もそれなりに酔っているのは明白だった。
「はいそこー、年明け早々、物騒なこと言ってないよーに…」
 彼らの後ろから、伊作が控え目に、(言っても無駄だろうなあ)と判っていつつも一応、声を掛けるのだった。
 


2008.01.01



一言
もとりさまのサイトでお正月フリーだったので強奪vしてきました長雷。
番犬酔っ払い長次はかっこいいし可愛いし、酔いつぶれてぽわぽわ感五割増の雷蔵は乙女で可愛いし!なにより二人の以心伝心っぷりがなんとも悶えます…vv
もとりさまありがとうございます〜今年もよろしくお願いします♪





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