中在家家の昔のお話 …高校生編


 …それは中在家家のご夫婦(※注:どちらも男)が、高校生だった頃のこと。


 その日、放課後の教室には長次一人だけが残っていた。
 補習でも、居残りなどでも勿論ない。
「今週は掃除当番なので少し遅くなるんですが、終わったら教室へ行きますから、待っていていただけますか?」
 と、今朝、並んで校門を潜る際に控え目に見上げてきた円い瞳を拒否する理由など、長次にあるはずもないのだ。

 長次の鞄には常に何かしらの本が入っており、元々一人で過ごす時間を持て余したことなどない。しかし今日に限って、なぜか内容がなかなか頭に入らず、読み終えるのに随分時間がかかってしまった。軽く読めるタイプのミステリーなのにどうしたことか、と首を捻りつつ本を閉じる。
 顔を上げて窓から外を見た。
 毎日、同じ席、同じ目線の高さから見える変わり映えのない景色も、いつの間にか色彩が増え、秋なのだな、と今更ながらに思った。
 日暮れを早く感じるのもそのせいかと左腕の時計を見ると、それなりの時間を示している。どうりで同じ階から生徒の声も聞こえなくなってきたはずだ。
 掃除当番とはいえ、これは余りに遅くないだろうか。雷蔵は強引さに弱く、頼まれたら断れない面があるから、教師に何か余計な仕事を言いつけられてしまったのかもしれない。
 もう少ししたら雷蔵のクラスへ様子を見に行こうと考えて、ふと、もう一つ思い出した。

 授業を終えてすぐに、同じクラスの小平太が詳しい説明もないまま「このまま待ってろよー」と言い置いて出て行ったのだった。
 綺麗サッパリ忘れていたのは、長次にとって雷蔵との約束が優先されたからだ。
 何より小平太が教室から出て行ったことから、両隣のクラスの悪友共が絡んでいるのではないかと予想がつく。彼ら絡みならばロクな用件ではない。雷蔵さえ来たら無視して(…)帰ってしまおう、と瞬時に結論が出ていたため、綺麗に忘却したのだ。
 何より人を待たせたいなら当人が納得するだけの理由が必要であり、詳細を語らない方が悪いのだ。
 本を鞄にしまい、もう一度時計を見る。あと5分経ったら行動を開始しよう、と決めた時だった。

「待たせたな」
 文次郎の声と共に、ガラッと勢い良く扉が開いた。
 やはり小平太だけではなかったか、と内心溜め息をつく。何の用件かは知らないが、今日は雷蔵を待っているから無理だとはっきり告げなければなるまい。そう思いながら振り向いて──しかし言葉は出なかった。
 ぞろぞろと入って来る悪友共の陰に隠されるように、その雷蔵の姿があった。
「色々考えてみたのだが」
「やっぱり欲しいものが良いと思ってさ」
「長次が貰って一番嬉しいものを」
「ちゃんと包装して用意してやったぞ」
 仙蔵、伊作、小平太、留三郎の順にそんなことを言いながら、彼らの前に押し出された雷蔵を見て、長次は表情こそ動かなかったが実は唖然としていた。
 雷蔵の髪にも首にも、制服の上から腕にも肩にも、色とりどりのリボンが巻かれ、形も大きさも様々な蝶々結びが並んでいる。包装とは、このリボンのことだろう。
「「「「「誕生日プレゼントだ、受け取れ」」」」」
 どこか楽しげな響きを孕む声と共に、どん、と五人分の手に押されて雷蔵が長次の元へ追いやられる。
「え、うわっ」
 急に押された雷蔵は足を縺れさせ、長次は慌てて席を立ち、つんのめった彼を両腕で受け留めた。
「あ、ありがとう、ございます」
 恐縮しながらも雷蔵は真っ赤になって俯いてしまう。
 彼らは「誕生日プレゼント」と言った。大変間の抜けたことに、長次はここでようやく今日が自分の誕生日であったと気づいた。
 雷蔵が掃除当番だったというのは本当だろう。その後、彼らに捕まって、自分の名を出されて上手いこと言い包められ、強く拒否できない内にこう成っていたのだろう。
 不安そうに下がる眉が、どうしてこんなに可愛いのだろうか、と場違いなことを思った。そしてこれ以上雷蔵を奴らに見せるのは勿体無いとばかりに、ぎゅうと自分の胸に押し付けて、強く抱きしめる。
「せ、先輩?」
 雷蔵は声を上げたが、実際には長次の胸の上で、もごもごとくぐもった音にしかならなかった。長次は、人の悪い笑みを浮かべて並ぶ悪友共を射るような視線で見据え。

「これは、元々俺のだ。お前たちから貰う謂れなどない」

 この距離でも彼らがきちんと聞こえるくらい、はっきりきっぱり言い放った。
 雷蔵の、服から覗く肌が一段と朱に染まっていた。

 その1分後、教室内には長次と雷蔵だけが残された。
 扉の向こうからは爆笑して止む様子のない五つの声が聞こえるが、どうだっていい。奴らのことだ、自分が一体どういう反応をするのか賭けでもして遊んでいたに違いない。

 2人は抱き合った体勢のままだった。長次が雷蔵を拘束する腕を緩めなければ──或いは雷蔵が長次の胸に添えた両手に力を込めて突っ撥ねなければ、どちらにもその意思がなければ離れることなどできない。
 触れ合う肌から、相手の忙しい鼓動が直接響いていた。
「あ…の」
 どれほど経ってからか、雷蔵が長次の腕の中で、おずおずと顔を上げた。
「…良かった、です」
 その意味を測って長次は雷蔵に真っ直ぐ視線を向ける。雷蔵は半ば照れたように、半ば申し訳なさそうに目を落とした。
「その…も、貰っていただけないかと、思ったの、で…」
 蚊の鳴くような声での呟きを、長次は聞き逃さなかった。
「…さっきも言った」
 雷蔵を抱く手に力を込め、彼の髪に触れるくらい唇を近づけて、はっきりと。
「俺のだ」
「──はい」
 雷蔵は顔を上げ、嬉しそうに笑った。
 こんなに可愛いのに触れない道理はない。そのまま口づけようと顔の距離を縮めたら、雷蔵の両手が頬に添えられ、動きを止められてしまった。
 あからさまにムッとしたのが自分でも判る。しかし雷蔵は動じることなく赤い顔のまま、
「先輩のお誕生日なんですから、僕からしないとダメなんです」
 と、言う。
「…プレゼント?」
「…貰っていただければ、ですけど…」
 少し茶化しながら訊ねれば、雷蔵は不安げに長次の表情を伺う。自らは余り積極的に出られない彼からの口づけである。長次に異存などあるはずがない。さっさと両目を閉じる。
「…お誕生日おめでとうございます」
 喜色の篭められた静かな声の後に、ふにゅ、と柔らかな感触が触れて、すぐに離れていった。触れた箇所がジン…と痺れたように感じたのは、気のせいだったろうか。
 長次はゆっくりと目を開けた。そこには耳まで真っ赤にした、何とも居心地の悪そうな顔があった。
「…もう一回、欲しい」
 と、言ってみた。
「…はい」
 はにかんだ笑みが、もう一度近づいてきた。


 悪友共に施されたリボンなんて長次にとっては目障りなだけだったので、さっさと解いてしまった。どこからこれだけ調達したのかとうんざりするくらい、量も色も豊富だった。これの始末はどうするべきかと長次が考えていると、
「あの…ちゃんとしたプレゼントは迷ってしまって選べなくて…」
 先輩が欲しい物が良いと思ったので帰りにどこかお店に寄りませんか、と雷蔵が言い出した。
 長次はまじまじと彼の顔を見てしまった。これ以上のプレゼントが、一体どこの店に売っているというのか? しかも雷蔵には欠片の悪気もなく、本気の好意で言っているのだから考えものだ。
「これがいい」
「え?」
 雷蔵は、長次が何を指しているのか、まさかこのリボンの山のことなのかと大変不思議そうな表情で小首を傾げた。
 勿論、長次が欲しいものがリボンなんかであるはずがないが、そうやって首を捻る彼の様子がまたどうしてこんなに可愛いのかと思ってしまうのだから、やっぱり自分の嫁にはこれしかないのだと長次が再認識していたなんて、この時の雷蔵に気づけるはずもない。
「来年も再来年も、その先もずっと、お前が祝ってくれるのなら同じものが欲しい」
 雷蔵に向かってそう言ってから、スッと両目を閉じて少しだけ顎を出す。
「…はい」
 先刻ようやく普段の色に戻った頬を一瞬にして赤くしながら、雷蔵は本日何度目か、長次の唇に自分のそれを重ねた。


◇◇◇


 ──と、いうことで以来この日は、長次が催促する度に、雷蔵から口づける日になった。
 この約束は毎年違えることなく遂行され、そして現在、その被害を最も被るのは当然のことながら寝食を共にする子供たちであった。
 何しろ特別な日ということで、雷蔵も頬を染めて子供らの視線を気にはするが、拒否しないのである。リビングで寛いでいる時なんて10分刻みで繰り広げられるこの光景に、長時間耐えられるものではない。
 子供たちはいつの間にか、自己防衛の方法を身につけた。

 彼らから父親へのささやかなプレゼントは気持ちの込もった「おめでとう」の言葉、そして夕食後、できるだけ速やかに子供部屋に引っ込んであげることだった。



2008.11.18




最初の目標は、よくある「プレゼントは僕」の雷蔵さんだったのにな…いつか書こう(笑)
中在家家のご夫婦はこの頃からばかっぷるです。悪友さんたちはこの頃から悪友さんたちのようです^^; その内に大学生編とか新婚時代編とか書いたら呆れてやってください;;



もとりさまよりいただきました長次お誕生日話二話目です…vvもう自重しろ!ってカンジですよね;;でもしませんvできませんv現代と室町と両方欲しいじゃないですか!
リボンでぐる巻きな雷蔵なんて可愛すぎて思わず私も欲しいのですが…旦那さんにはっ倒されますね。(果たしてはっ倒すだけで済むか…;;)
プレゼントを貰う貰わない以前にすでにそれは自分のだと言い張ってしまえる長次が素敵です。
「その内」…こっそり楽しみにしております…vv

もとりさまありがとうございますー!
…こっそり、背景は自作です。




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