中在家家の結婚記念日


 大変唐突な話ではあるが。

 中在家家のリビングには、電話機のサイズからすると大き過ぎるのでは? と思われる電話台がある。廊下側の壁にピッタリくっ付けるように据えられ、その天板の真ん中に電話機が載っている。
 電話機の右側には、どのご家庭でも必須であろうメモ紙と筆記具が置かれていた。メモ紙は経済観念のとても発達した次男により、反故紙や裏の白い広告の再利用が徹底されている。
 目の前の壁には長次の仕事先や学校やかかりつけの医院から親戚までを網羅した「何かあった時のためリスト(作:長次)」が貼られ、分厚い電話帳の類は天板下の棚に整列している。

 では電話機左側の空きスペースはというと。

 初めてこの家を訪れた者が気づいたらまじまじと見てしまうくらい──そしてそれがもしこの家の子供たちの級友だったりした場合には見られたことにちょっとばかり羞恥を抱いて視線を逸らしたくなるくらい──幾つもの、フォトフレームが並んでいた。
 写真が一枚入るだけの小さなフォトフレームは、シンプルだが手触り良く丸みを帯びた木製。それが10個以上もある。電話機のサイズに不釣合いに大きな電話台はだから、これらを置くためにわざと選んだのではないかと勘繰ったとしても無理のない話だ。
 ここに飾られている写真には2つの共通点があった。
 一つは中在家家の人間しか写っていないこと、そして、もう一つは、そこに写りこんで記されるデジタルの日付が、西暦こそ違えど全て「7月28日」であることだ。

 7月28日──この日は長次と雷蔵の、結婚記念日である。


◇◇◇


 夏休み真っ最中の久作ときり丸、怪士丸の3人は、夏休み恒例ご町内一斉“朝のラジオ体操”から戻り、長次が用意した少し早めの朝食を終えた。
 長次は3日前から夏休みをとっている。彼の仕事先は1週間の夏休みを7月から9月の間、好きな時に取ることができた。無論、多人数が一気に休むことはできないので、少しずつ日をずらすのだが、結婚以来、彼は28日を中心にした一週間を頑として誰にも譲らなかった。
 ある程度の地位を獲得している現在はともかく、若い頃の一社員の我儘を良く聞いてくれたものだと思うが、長次が顔に似合わぬ愛妻家且つ家族思いであることは早くから有名で、結構すんなり了承されてきたという。そんなありがたい仕事先ではあるが、彼が、こと奥さん(※注:男)に関することには物凄ーく狭量な上、嫉妬深いということまでは、まだほとんど知られていない──余談であるが。

「あ、かーさん、おはよう」
「遅くなってごめんね」
 3人が食べ終えた食器をシンクに運ぶ頃、ようやく雷蔵が起きてきた。おはよう、と口々に挨拶すれば、雷蔵は一人遅かったのを申し訳なく思ってか、「おはよう」と返しながらも眉尻を下げる。
 長次が休みの間、雷蔵の起床時間が普段より遅くなるのは最早当たり前(…)なので、風邪でもひいたのだろうかと心配してあたふたすることも減った(…)。
 小学生とはいえ中高学年にもなれば、雷蔵のほんのり赤い目尻だとかダルそうに歩く姿勢だとか、そんなことを決して追求してはいけないことくらいなんとなーく察せる微妙なお年頃である。
 それに3人が食べている間、同じテーブルについて子供たちの話に耳を傾けながらも、長次自身は食事に手をつけていない。雷蔵が一人きりでの食事にならないよう待っているのだなんてことも、ここまであからさまにされて判らないわけがない。
「じゃあ先に準備してるから」
 3人が確認するかのように長次と雷蔵に訊ねると、
「うん、頼むね」
 と、雷蔵の優しい笑顔がと、無言で頷く長次の姿があった。



「あったよー」
 久作がリビングの、庭に面したサッシを開け、怪士丸がデジカメを、きり丸が三脚を持って来た。
「とーさんが片付けると判り易いから良いよなあ」
 と言うきり丸に、怪士丸が苦笑交じりに頷いた。
 物を片付ける時、几帳面で細やかなところのある長次は「あった物はあった場所へ」きちんと収納するタイプであるが、男らしく大雑把さを発揮する雷蔵は「空いてる場所に入れておけば大丈夫」タイプだ。
 探し物がとんでもなく予想外な場所から発見される場合、95%の確率で彼の手によるものだ。「何でこんな所にこんなものが??」と唖然とさせられることも珍しくないだけに、久作も苦笑いするしかない。
「今日も暑くなりそうだなー」
 まだ朝も早い時間帯だというのに見上げる空には雲ひとつなく、青色が濃い。これから、まだまだ気温が上がる証拠だ。
 でも何となく、
「晴れて良かったなあ」
 久作が呟けば、きり丸も怪士丸も「まーな」「うん」と頷く。

 きり丸と怪士丸が庭に降り、三脚を立てる。きっちり場所が決まっているわけではないので、できるだけ平らなところを選ぶだけのアバウトなものだ。
「充電してある?」
「ん、大丈夫」
 一度電源を入れて充電池の残量を確認しただけで切った。撮影モードがどーのこーのといった細かな設定は、もうすぐやって来るであろう長次に任せることにする。

 長次と雷蔵の結婚記念日であるこの日の朝、中在家家では家族揃って写真を撮る。
 庭に立って普段着のままその日の気分のままの表情で、一枚だけ。毎年撮影しているそれが、電話台に飾っている写真だった。
 だから子供らしくやたらとはしゃいでヘンなポーズをしている年があったり、照れて斜に構えている年があったりと様々で、だからこそ級友に見られたりなんかしたらとても恥ずかしいのだ。

 長次と雷蔵がもうしばらく来そうにないので、3人は庭に足を出す格好で並んで座って待つことにした。写真を撮ったら宿題をして、学校のプールへ行くのは何時だっけ? などと今日の予定を確認する。
 久作は顔だけ振り返って時計を見て、ふと電話台のフォトフレーム群で目を留めた。


『これは奴らの結婚式の日だな』
 西暦が一番古い写真を指して、そう言ったのは誰だったか。
 長次と雷蔵が2人きりで写っている、少しだけ色褪せてきた一枚だ。
 彼は訝しげにそれを見ながら、『…式は午前中に始まって昼過ぎに終わったが、二次会の会場へ移動する間にどうしても今日2人で婚姻届を出したいと言うから役所へ寄ってやって、二次会と三次会の後、新婚旅行へ行く電車の時間に間に合うよう駅まで運んでやって…そういえば事前に申し込んでおけばホームにウェディングマーチをかけてくれるというので当然頼んでおいた上、見送りに行った連中全員で万歳三唱までしてやったからとても目立ったが周りの酔っ払い共も一緒になって拍手してくれていたな、ノリの良い人間が多いのは良いことだ。しかし真っ赤になって下を向いた不破の反応は予想通りだったが、長次は顔色一つ変えなかったから今一つ面白くなかった…いやまあだから、奴らがこの家に戻ってくる時間なんかなかった、ということはこれは式に行く前に撮ったということか、この薄い空は夏の早朝のものだしな』とかなんとかぶつぶつ呟いて。
『ああ、だから』
 得心がいったとばかりに、顎に添えていた手を離した。

『式で撮ったどの写真よりも緊張しているのか』

『良い飲みネタができた』
 と、何かを企むような笑顔で続いた言葉も覚えているから、やっぱりあれは長次の学生時代からの知り合いである、ご近所のおじさんの一人だったのだろう。


 彼の「緊張している」という言葉が気になった久作は、後日誰もいない時にその写真を手にとってまじまじと見てみた。
 肩が触れるか触れないかくらいの距離で並ぶ2人は、雷蔵のはにかんだ笑顔が初々しく思えたけれど、長次は全くいつも通りで緊張しているようには見えなかった。
(おじさん達でないと判らないのかな?)
 以来、電話を使う時にふと目に入る1枚でもあるのだが、今だに良く判らない。



「お待たせ」
 背中からかけられた雷蔵の声に我に返る。
「大丈夫、そんなに待ってないよ」
 久作が立ち上がると、きり丸と怪士丸もそれに倣う。
「とーさん、これ設定よろしく」
 長次はきり丸から差し出されたデジカメを受け取ってこくりと頷いた。
 ぞろぞろとサンダル履きで庭に降り、三脚があそこだからこのへんかなーというおよその場所に立って、長次の準備が終わるのを待つ。

 きっと明日には、シンプルなフレームに入った写真がまた一枚、あの場所に増えているだろう。



2009.07.30


7月28日、長雷の日おめでとう!^^ …2日も遅れました、すみません;;orz
何かまとまりのない話になりました、すみません;;orz 呟いていらっしゃるのは立花家の家長です;;



長雷の日フリーを強奪してきました…!も、本当大好きですvv毎年お写真を撮る仲良し一家…っvv子供がいる前で昔の話に花を咲かせると言うシチュエーションはリアルでも好きなんですが中在家さんちでやられた日には…もう…vvv長雷の昔っからのラヴラヴっぷりをご披露する周りの大人達は素敵です!
フリー期間中に強奪したものの転載自体が随分遅くなってしまったので…事によりましてはいつでも下げられます!;;すみません!!;;
もとりさま、素敵な長雷の日ssありがとうございましたvv
そして7月28日万歳!!





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送