長閑な昼下がり、太陽の光は軟らかく地表を暖める。
四年生長屋の縁側に座りお茶をしてるのは雷蔵と滝夜叉丸、生徒は一つ先輩の雷蔵がいるだけで普段高飛車で高慢な彼が大人しく笑っているのを見て、これも人当たりの良い雷蔵の影響かと恐れ入りながら恐る恐る近づいては通り過ぎるを繰り返していた。
当の本人たちはと言えば、滝夜叉丸はやや気にしていたが雷蔵は気にするでもなくお茶をすする、元々そこは廊下と兼用の縁側だ、人の通りがあってもおかしくはないと思っているからだ。

会話の内容は他愛の無い事ばかりで、主に滝夜叉丸が話題を振り絞り、雷蔵はそれに丁寧に頷いては応えていた。
彼の話題は大半が体育委員会のことで、更に絞れば、やれ自分ができるからと言っては無茶な事をして下級生を危険な目に合わせるだの、体育で使う用具の点検だったというのに独断でなぜかランニングに変わって点検がまだできないだのと言った委員長である小平太への愚痴が多い、雷蔵はそれを本気に受け止める訳でもなく適度に頷いて話を聞いている、それが滝夜叉丸の信頼や愛情の裏返しだとわかっているからだ。
滝夜叉丸の愛情はまっすぐだというのに非常に解りにくい、今も通りすがりの生徒が聞けば十中八九小平太への悪口と捉えるだろう、自分でも解らぬまま不器用に解りにくくしてしまっているのだ、大変だなと雷蔵は苦笑する。

「――抵抗すればごねるし、まったく、私達後輩が可愛くないんでしょうか?」
「随分と厳しいね、たまには真っ向から甘えてみたらいいのに」
溜息をつく滝夜叉丸に対して我ながらいい助言だと思った、そうする事によって滝夜叉丸の愛情がもっとはっきりと形になると思ったからであったが、当の滝夜叉丸は顔を歪ませて困っているような笑っているような、とにかく呆れた表情を浮かべた。
雷蔵が訳の解らぬままとにかく首をかしげると滝夜叉丸は盛大なため息をついてつぶやいた、それは先程までの小平太への愚痴よりも更に力の篭った言葉であった。









「その言葉、不破先輩にもそっくりそのままお返しします」
















【マーブル模様の境界線】












六年長屋のとある一つの戸の前に立って、雷蔵は深呼吸を繰り返す、今日は珍しく図書室ではなく部屋にいる長次を訪ねてきたのだ、例え付き合っているといえども他人の部屋だ、長次はともかくとして彼と同室の小平太に対して緊張を強いられているのだ。
目的は特に無い、ただなにか面白そうな本があれば借りようと思っていたくらいで、もし邪魔なようであればまた頃合を見計らって訪れるつもりでいた、部屋にはいる事に抵抗はあるが彼と逢う事に抵抗は全く無い。
「しつれいします」
「……」
戸越しでもはっきりと聞こえてくれそうな音量で声をかけると微かに音らしきものが部屋から聞こえた気がした、これが小平太であれば今頃勢い良く戸が開いている、という事は今は長次が一人だけで部屋にいるという事だ。
緊張はゆるゆると解け、一息つきながらゆっくりと戸を開ける、自分の姿を模した影が色濃く長く部屋の床板に斜めに伸びた。

「失礼します」
左手に長次が座って本を読んでいる姿を見つけ、彼を見ながら改めて声をかける、長次は振り返って視線を雷蔵に向けて頷いた後、再び背を向けた、どうやら読書中らしい。
許可も貰った事で雷蔵は一歩部屋に入り込むとくるりと振り返って戸を閉める、部屋は若干薄暗くなったが忍びを目指す彼らにとってはまだ十分に明るかった。
読書中であるのなら邪魔になるから一旦退室しようとも思ったが、何も言われないのでそのままそこにいても良いのだと判断した雷蔵はしばらくその場に立ち、長次の後姿を見とめていた。
部屋の左手奥にある文机に座り、戸口に立ってる雷蔵には背を向けている格好で胡坐をかいている、そのやや猫背気味な背中は体躯どおり広く大きく、雷蔵は思わず彼の手のイメージと重ね合わせた、手も背中も広く大きく、そして優しい、それを思い僅かに口元を上げて微笑んだ、それはまるで自分の事のように誇れる特徴でもあるからだ。

後ろの気配が気になるのか長次は上半身を捻らせて雷蔵を一瞥する、彼に見とめられ思わず雷蔵はどきりと長次を見返した、しかし長次はすぐにまた何事も無かったかのように机に向かい読書を続ける。
僅かに先程と違って左手で床を軽く叩いた、トントンと床を叩く音が部屋に響き、最初はわからず首をかしげた雷蔵だったがすぐにそこに来て欲しいのだと気付いた、そこは長次のすぐ隣である、その長次は相変わらず本に集中していた。
付き合い始めてそこそこの時間は経つ、だがそうしてふとしたときに他愛ない愛情を示されると喉元がきゅうと縮まった気がして心地良いくらい息苦しく、未だに照れてしまうのだ。
少しだけ困りながらも素直に雷蔵は指定されたその場所へ近づいて、腰を下ろす、思わず苦手だというのに正座だ、結局素直に従ってしまうのは、自分もそうしたいからに他ならない。

横目で雷蔵がちょこんと自分の隣に座った事を確認した長次はいつも通りに雷蔵の頭を撫ぜるとすぐに本に集中した、それまで長次の背中で隠れていたがやはり思っていた通り読書をしていたらしい、雷蔵がこそりと隣からその本を盗み見るが外国の古典らしく、明らかに難しい内容でしっかり読んでいない所為もあるが理解が出来なかった。
こんな難しい本を読んでいるのかと改めて尊敬しながら雷蔵はゆっくりと視線を上に上げる、そこにあるのは長次の横顔だ、頬にはいつも通り傷がついており、口を硬く閉じている、やや眠たそうな目つきではあるが実際本当に眠いわけではなく、不機嫌なわけでもない、これが彼の普段の表情なのだ。
さきほどから会話は全く無い、大抵は雷蔵が話しを振り、長次が無言のまま相槌を打つが、たまにふとした瞬間、長次が無口であるため雷蔵も無駄に話す事を躊躇い、お互い無言が続く時があるのだ、だが決して気まずい空気ではなく、許された沈黙はどこか穏やかだ、雷蔵はその雰囲気に安堵しながら再び見上げる、長次は相変わらず雷蔵を見る事無く本に集中しているようだ、それほど面白いのであれば今度自分も読んでみようと言う気にさえなる。


流れる時間は穏やかで、夜が訪れる速度さえゆっくりになっている気さえする、このままこうしていようかとも一瞬思ったが、急に、滝夜叉丸に言われた言葉を思い出す。
彼は確か「そっくりそのままお返しします」と言っていた、つまり彼もまた「甘えてみたらいいのに」と雷蔵に対して言いたいのだ、誰に?とは愚問である、雷蔵が小平太と滝夜叉丸とが付き合っているのを知っているのと同じく滝夜叉丸もまたこちらが付き合っている事を知っているのだ。
(…中在家先輩に甘えてみる…かぁ…)
滝夜叉丸が言いたかった事を推測し、考える、指摘されるという事は甘えていないという事だ、確かに以前から薄々そんな自覚はあったので否定は出来ない、長次と付き合う前からも全く「甘える」という事に関して考えていなかった雷蔵は口元に軽く握った拳を当てる、それは彼が悩んでいる時の合図だ、心なしか体が火照っている感覚がするが、何とか自分を誤魔化した。
ちらりと隣を盗み見ると長次は未だに本を読んでいるがこちらが何か動いている事には気付いているようだ、この人に甘えてみるのか、と思った瞬間、かあと頬が熱くなりそれと同時に雷蔵はふと気付く。



そういえば、「甘える」と言うのは具体的にどういう事をすれば良いのだろう?




長次どころかクラスメイトにさえ頼る事はあれど甘えるような事は無かった雷蔵は思い当たる節を記憶の中から探る、やはり甘えたような記憶は無かったことに雷蔵はますます思い悩む、どうすれば甘えることになるのか解らない今、どういう行動をすればよいのかわからないのだ。
迷う前はそれなりのイメージがあったはずだが、意識をした瞬間にそれは幻のように掻き消えてしまい、今ではどういったものだかすら思い出せないでいる。
(近づいてみればいいのかな…?)
だがもう腕一つ分さえないほどの真横に彼がいる、これ以上近づく必要は無い。
(…触れてみればいいかな…?)
それ以上近づくとすれば触れることしか思いつかない、雷蔵は長次の邪魔にならないようにと静かにそっと彼の左腕の袖をつまむ、しかしそれでは触れた事にならないと気づき、意を決してその袖越しに彼の腕に触れた、それはとても暖かで、ぬくもりはすぐに雷蔵にも与えられた。
流石に気付かれただろうと思い目線だけで見上げるとやはり思ったとおり長次は雷蔵を見下ろしている、その表情は無表情だというのにどこか驚いたようで明らかに「どうした?」と目で訴えていた、長い付き合いなので彼が目で何を言っているかは簡単なものなら理解出来る。

「あ、邪魔してしまってすみません…」
長次は読書の最中だったと言うのに勝手な事をしてしまったと今更ながらに後悔した雷蔵は慌てて手を離す、通じ合っていたぬくもりはすぐに消えた、触れ合っていないのだから当たり前だ、それが、少しだけ虚しかった。
「いや、構わない」
単なる思い付きの行動に対して反省している雷蔵に対して、長次はすぐにまたもとの表情に戻ると首を横に振って答えた。
その答えが咄嗟に理解できなかった雷蔵は一瞬だけフリーズしたがすぐにまた、ゆっくりと長次の腕を先程と同じようにゆるゆると掴んだ、またぬくもりを共有しあえた事に満足した雷蔵は次に上体をゆっくりと傾けてその身体を長次の左半身へもたれ預ける。
なすがままに体重を預けきってしまうと楽になれた、そのまま安堵の息を漏らせばタイミングよく長次の左手が後ろから回って雷蔵の頭を撫ぜた、それが無償に嬉しかった。

「どうした?」
長次の声は心配そうではあったが、その口調はどこか嬉しげで彼が困っていない事に安堵した雷蔵は微笑み、素直に自分の行動を口にする。
「甘えてみてるんです」
あれだけ悩んでいたわりにはあっさりと説明が出来た事に雷蔵は驚き、長次はそれを聞いて「そうか」と短く答えてそれまで撫ぜていた左手で雷蔵の肩を寄せる、ふいに雷蔵の頭上にさらりと何かが降り、耳元がくすぐったくなる、すぐにそれは髪の毛で、長次の頭が乗っているのだと気付いた。
「…あの…?先輩…本が…」
「甘えられたのなら、甘やかす」

いきなりの事で顔を赤く染めた雷蔵が強張った声で掠れ掠れに注目を他所に移そうとしたが、それは失敗に終わった、すでに先程より嬉しげな長次の返答に雷蔵はますます頬を紅潮させる、きゅうとまた心地良い息苦しさを覚えた。
その間にも長次は上体を捻って反対側にあった右腕も雷蔵の体に回して包み込むように抱きかかえる、動作はゆっくりであったがあっという間の出来事で、雷蔵は頭を長次の胸に押し当てられ彼の心音を聞いた。
彼を生かす三拍子は心地良く、突然の展開に慌てている雷蔵をリラックスさせた、元々自分勝手な行動で、長次の興味を引かなくても構わないと思っていたというのに、結果的にこれでもかとばかりに彼は雷蔵を自分の中心に据え置いた。読書の途中だというのに申し訳ないと思うのも事実だが、こちらを見てくれて嬉しいという事もまた事実だ。

単なる思い付きからだとも言える自分の身勝手な行動が彼に喜ばれているのだと狭い腕の中で雷蔵は知り、良かったと安堵する、そしてもぞもぞと窮屈な長次の腕をすり抜けて雷蔵もまた彼の体に腕を回す、ぎりぎり、自分の手のひらが向こうで出会った感覚を得た、そして暖かいそこで自分の体が対照的に冷えている事に気付く、ドキドキと高揚するあまり気付けなかったのだ。
いつの間にか辺りは暗くなっており、長次が読書用にと用意していた文机の近くにおいてある灯りが眩しかった、それに目を晦ませるかのように雷蔵は目を細めて、そのまま瞑った。
「もう、冷える時期なんですね」
頭上で長次がうなづく気配がする、気付けばいつからか解らないが髪の毛で遊ばれている感覚があった。

結局甘えているのは、甘えられているのはどちらなのだろうとあやふやになってしまった境界線に雷蔵は少しだけ笑った、次は長次に負けないように、今のように甘えかかってみようかとこっそり心に決めた、今ので「甘えること」について大まかであるが覚えられたので次はきっと出来るはずだ、試しに、と雷蔵は先ほどから覚えていた空腹感を使って長次に甘えかかってみる。

「あったかいおばちゃんのご飯、食べに行きたいです」
だが、それに対しては無反応のまま、このままでいたいと懇願されたかのようにただぎうと更にきつく抱きしめられただけだった。



















一言
31600ヒットキリリクで、もとりさまより「長次に甘える雷蔵v」でした。
もとりさまを狙い撃ち☆とばかりに意気込んでいたのですが…元々ノーコンなので…;まぁ、頬を掠る位には??
リクを頂いた瞬間、おおまかな起承転結が出来上がりました(さすが長雷パワー)が、元々短い内容なのでそれをいかに長くするか躍起になってました(笑)二人とも会話がなさすぎる。
こんなのですが喜んでいただけましたら幸いです、31600ヒットありがとうございました!!





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