「Acamar」





今日の夜を最も照らす光源は遅くに出る。それまでに試験を終えることが出来れば予定通りだったのだ。
躊躇いもなく草木を掻き分ける騒々しい音が夜に響く、ガサガサと言うその音を良く聞けば複数であるのがわかる。
その中の一つは紛れもなく自分だと思いながら雷蔵は走る速度をまた上げた。
「不破」
呼ばれて声がするほうへ振り向くと長次がやはり走っていた、その姿は思ったより随分遠く、彼の呟きにも近い声が聞こえたのが不思議なくらいだった。
もう少し走れば多少開けた場所につく、そこで返り討とうと言う算段なのだろう、平常時から彼の通訳を務めているのだからこう言うときでも何を言わんとしているのかすぐにわかってしまう、常日頃の努力の賜物か、と雷蔵は長次の目を見てこくりとうなづいた。

森の暗い木々が避けるように開けたその場に誘いこまれた敵は三人、どれも長次や雷蔵よりもずっと年上の男たちだ。
誘いこまれそこが開けていると解った途端彼らは背中を合わせあい円状になり長次と雷蔵の動向を探る、すばやく躊躇いのない動きは彼らをプロだと指し示す。
先に長次が茂みから勢いよく飛び出し一人目掛けて突進する、それに気づいた三人の背後、つまり長次が出てきた方向とは反対の茂みから奇襲のように時間差で雷蔵が音もなく飛び出す。
敵が気づいたときには雷蔵は既に自分から一番近い場所にいた男の背後に回り、長次も目掛けた相手と相対した。
相手の唯一露出している両目に「子供じゃないか」と驚きと侮りの混じったものが窺える。
そういう目で見られることにはもう慣れきっていたので雷蔵は躊躇なく男の後頭部を手刀で叩く、今回はうまく打ち所に入れられたらしい(いつもはその大雑把な性格が災いしてなかなか入らないかあるいは力加減を間違えることもある)男は崩れるように気絶した。
それを見て黙っている敵ではない、長次と対峙していない残りの一人が仲間が倒れて行くと同時に雷蔵に向かって飛びかかる。手には苦無が握られ鋭い刃は間違いなく雷蔵を狙っている。
雷蔵も懐から使い慣れた苦無を取り出し刃を交える。やはり向こうの方が力強く、腕力で押し切られる前に軌道を変え後ろへと飛びのいた、間合いを広げまいと敵もそれに追いかける。
相手が繰り出してきた突きは思っていたよりもリーチが長く雷蔵の腕を掠める、苦無の切っ先が雷蔵の血を掻っ攫った。
「――っ」
これで声を出すようならまだまだだとばかりに雷蔵は刃を食いしばり痛みを堪える、幸い切られた右腕は動くので肝心の神経などは切られていないのだろうと苦無をより強く握りしめた。

そんな対峙とは対象的に長次はじりじりと相手との間合いを計り詰めていた。雷蔵の相手のように武器を見せているならそれに応じて間合いも変えるが長次と同じく向こうも手持ちの武器を隠しているらしく中々互いに攻撃へ転じる様子を見せない。
見たところ大きな武器を携帯している様子は無く、となれば自然と手裏剣や自分と同じ縄標のような飛ばす小型の武器だと予測がつく。となれば下手に間合いを広げ相手を視界から外すのは得策ではない。
時間も無いので長次は痺れを切らせたように見せかけ苦無を取り出し間合いを詰める、縄標にしなかったのは間合いの最大距離を保険として隠すためだ、万が一相手がこちらの間合いをこれが限界と思いこんで距離を取って安堵すればそこを縄標で叩くことが出来る。しかし下方で何かが動いたのがちらりと見えた、しまったと後悔すると同時に腹部に衝撃が走る。
即座に狙われているであろう腹筋に力を入れたとは言え小手で重みの増した拳は重く、上体がよろめく。武器の形態を探るのに気を取られ相手が何を得意とするかを考えていなかった、だが体術はルームメイトのお陰でいまや得意とする戦法の一つだ。
呼吸を整え思考を切り替える。手足のリーチはこちらに分があるのが幸いした。
よろめいた体をそのままの流れで前に倒し、手を地面に押し付け体を支える、そのまま蹴り上げた足を弧状に描きまだ自分の間合いから離れなかった相手へと食らわせた。
高い位置からの踵落としは見事相手の右肩に当たったらしい、うめき声と共に倒れこむ音が聞こえる、相手が立ち上がるより早く着地していたので間髪入れず上体を起こして肘を顔面へと入れた。
脳が揺れたのだろう、そのままふらっと後ろへ倒れこんだ敵の太ももを足で踏みつける、筋肉の良くついた、いかにも体術を得意とする人間の太ももだ。膝の皿に片手を沿え、梃子の原理でもう片手で男の足を曲がらない方向へ曲げる。当然急な付加に耐え切れずぼきりと音が響いた。念のためもう片方も同じように折り一人目の動きを封じる。

「ぎゃあ」という声が仲間のものと気づいても男は動きを緩めなかった。味方がやられるほど強いのならば余計に気を抜けない。
だがこちらは自分に分があるようだ、なぜなら相手が息を切らせ豊かな長い髪がふわふわと肩の動きに合わせ上下している、体格からして子供だから持久力が大人より少ないのだろう、こちらとしては味方を倒したもう一人の男と対峙する分も体力を温存しておかねばならないと勝負に出た。
右足を踏み込み相手の懐に入り込もうと姿勢を低くする、踏み込んだ瞬間に右手に持っていた苦無を抜刀するように横に薙ぎはじめたので丁度懐に入り込んだ瞬間と苦無が名も知らぬ少年の腹部を裂くのは同時のはずだった。
背中にトン、と何かが圧し掛かる。
目の前の少年の姿が見えない。
(――飛んだ?!)

子供だからこその予測できない身軽な動きに翻弄された男は苦無の刃の行き先に迷いよろめく、そこをすかさず背後から、雷蔵は男の右足の腱を苦無でなぎ払った。
男が倒れる様を見届け雷蔵はふうと息を付いた。自分の事ばかり集中して果たして年長の長次はどうしたろうかと辺りを見回した瞬間だった。
「え?」
目の前が苔色に覆われる。
それが長次の制服の袖だと気づいた瞬間、彼の呼吸が何かを堪えるように不自然に詰まった。
何が起こったのかと雷蔵が長次の肩越しに見たのは彼と同じ縄標を振り回す人影、明らかに敵だ。三人しかいなかったはずなのにもう追っ手かと体を強張らせたがすぐに自分のミスに気づく、一太刀目で気絶した相手をそのままにしておいた事。
その一人目が目を覚まして攻撃をしかけたと見て間違いないだろう。そして庇われたのだ。
「センっ…!」
先輩と呼ぼうとしてその先の言葉を飲み込む、敵に自分達が何者であるか悟られてしまうような言葉は発しないのが基本だ。
抱きすくめられて庇われ無力だと雷蔵が嘆いている隙に長次は残る最初の一人に縄標の先を投げつける。ヒュ…と空気を切る音が視覚を塞がれている雷蔵の耳に届く。うめき声からしてそれは見事的中したのだろう、全身圧迫されていた力が緩み開放され雷蔵はへたりと地面に座りこむ。
最後の男は顔を抑えてうずくまっている、手の位置からしておそらく目を削がれたのだろう、長次が取り押さえるため雷蔵から離れてその男へ近づいていく。
(…何とか…倒せた…)
じくじくと全身が痛む、苦無で切られた箇所が悲鳴を上げているのだろう。
長次の後ろ姿を見送りながら雷蔵は意識を手放した。

◇◆◇

時間を多少遡って三日前。
雷蔵は長次の顔色を窺うように見上げた。
普段から無表情ではあるが委員会での付き合いが長いと自然と長次が何を言いたいのかわかってくる、雷蔵が見たところ嫌ではなさそうだ。
「いいんですか?」
確認のためたずねるとしっかりとうなづいて答える。それを見てほぅと安心した、思わず笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます!頼める六年生なんて先輩しか思いつかなくて…助かりました」
「……」
笑顔の雷蔵に対してやはり無表情のまま気にするなと長次は首を横に振る。

今回の五年の実習はレベルを上げるため六年とペアを組み、六年レベルの課題をこなすことだった。
ペアとなる六年は学園長のくじ引きでもなく教師の選定でもなく自ら選ぶ事となっており、雷蔵は真っ先に同じ委員会で一番近しい長次を頼ったのだ。彼以外考えつかなかったと言ってもいいだろう、彼が図書室に向かう直前を見計らって待ち伏せ、案の定やってきた長次に頭を下げて頼みこんだのだ。内心断られたらどうしようといらぬ緊張しながら。
こう言う場合は指名が重なることもあるので六年側に拒否権はあるのだが、長次は断らなかったので雷蔵はホッとした。
(よかった、これで他の人、なんていったら後はもう話した事もない先輩になっちゃうし…)
組む、と言う事は相手の事を理解していなくてはならないのが不可欠だ、特技はもちろん思考や癖、行動も知っていればいるほど組む上では有利になる。つまり実習も高得点になりやすいと言うことだ。
「それで、実習内容はいくつかあって…そのどれかを先輩に選んでもらうんですけれど」
「……」
これもまたわかったとうなづいて答える、昨年彼もやった事なのだ手順を知っていて当然だ。先輩である六年に自分たち五年の実習に付きあってもらう以上、内容は六年に合わせなければならない。本来ならば二人で選ぶものだったのだが長い時間の中で暗黙の了解としてそういう慣わしになっているようだ。
課題も先を越されないようなるべく早くに決めて教師へ伝えなければならない、雷蔵から貰った課題リストをじっとみた後、第一希望から第三希望までを指で指し示す、雷蔵もそれを見たがこちらを配慮してか多少難しいものの長次と一緒ならば何とかこなせるだろうと言うものだったので素直にうなづく。
「じゃあ先生にこの通りで報せてきます」
くるりと身を翻して廊下を職員室へ向かって歩き出す姿を見送って長次は先に図書室へ向かった。


「予定通り日暮れと同時くらいに着きそうですね」
西にかかる夕日を眺めながら雷蔵は隣を歩く長次へ話しかける、あれから三日、結局運よく第一希望の課題をこなせる事となり昼過ぎに一般人を装って学園を出た二人はひと気のない道をひたすらに歩いていた。
「焦るな、温存して備えろ」
初めて上級生と組んで挑む課題に緊張していた雷蔵は長次の見透かされたような助言にばれていたかと苦笑する、確かにまだ課題は始まっておらず、この移動の時点は評価に加算されない、教師が指定した制限時間までにこなせればいいので課題の開始時間も自分たちの好きにしてよいのだ。
今回の制限は臥待ち月が出る頃と大分遅いが念には念を入れて、と長次の助言により少し大目の時間を取って行動し始めている。確かに焦らなくても平気なのだ。
「…緊張するか?」
「はい、こんな難しい課題は初めてですし…」
長次の問いかけに雷蔵は素直に答える、この素直さはある種の開き直りだ、自分の現在の状況を例え不利であろうとも正直に言えるのはそれだけ強い証である。
「あ!初めてと言えば先輩と課題をこなすのも外を歩くのも初めてなんですよね!」
迷い癖からか思考がずれたのだろう、話題が飛び長次は一瞬面食らう。
雷蔵の言う通り、今までお互い図書委員という同じ委員会に属していながら直接接する機会は図書室内くらいなもので授業や休日はもちろんこうして外へ共に出る事などなかった。
「今度は課題じゃなく外へ行きませんか?」
何気ない誘いはおそらく天然で深い意味などないのだろう「乱太郎たちに聞いたお団子屋がおいしくて、僕らもすっかり常連で――」と続ける雷蔵に長次はこくりとうなづいた。
いつの間にか緊張がほぐれている事に雷蔵は気づかない。

ゆっくり歩いた所為で日暮より少し遅れて城の前に着いた、森の茂みに隠れそっと息を潜めて侵入のタイミングを計る、その姿は二人とも夕方のんびりと話していた姿とは全く別の人間だった。
実習内容はある城に装備されている火器の種類と詳しい数。
その事からその城が近々戦を始めるのだというのは明らかだ。おそらくこれは敵対する側からの依頼で学園側が課題として使えると判断したのだろう、課題と言いつつ失敗は許されない。
どちらかと言えば小さな城であったため潜入は容易で壁を越えてすぐに運良く武器庫があった。なぜそうと知れたかと言うと丁度武器庫から見回り中の人間が出てきたからだ、ご丁寧に「武器庫は流石、時間がかかるなぁ」とぼやきながらだったため幾分か拍子抜けしてしまった。
出て行ったばかりならばまだ次に来るまで大分時間がかかるはずだ、見回りを見送って鍵を破り急いで中に入るとやはり戦の準備をしているようで、壁や天上は埃まみれでも置かれている火器の手入れは丁寧に施されている、その中でも一際丁寧に整備されているものは授業でも習った最新式の火器だ。
「……」
「はい」
長次が右から火器の種類を覚え、雷蔵はそれに続いてその数を覚えていく、これに似た光景を委員会の最中でも見かけるため軽い既視感に襲われ思わず顔がほころぶ。いつもは火器ではなく本が相手で、長次が棚から破損した本を取り上げ雷蔵がそれを表に書きこんでいる、普段から慣れている作業に似ているため手際は早い、雷蔵はやはり長次と組んで正解だったと思いながら少し遅れて数え終わった。
あとは元通り施錠し、学園へ戻って表にまとめるだけだと武器庫の入口へ向かった瞬間、人の気配が躊躇いなく近づいた。

(まさかあんな短時間で戻って来るなんて…)

記憶を探るようにぼんやりと雷蔵は目を開く。倒れたので草の生えた地面が真横に広がっているのが見えるはずなのだが真っ先に映ったのは半分は板のある天井、もう半分は星空だった、驚いてそのまま辺りを見回すとどうやら今は使われなくなって久しいお堂らしいがお堂と言うのもはばかられるほどそれは朽ち果てていた。
「あ…れ?」
自分がここに運ばれてきたんだ、と理解すると同時に傷が痛みだす。一つ一つは顔をしかめるほどではないがなにせ傷は数箇所にも及ぶ、とりあえず盾として使っていた左腕が一番酷かったのでそれを抑えて起き上がるとすぐ傍で長次が背を向けているのが見えた。
「先輩?傷は…?」
ここに二人でいると言う事は自分を運んできたのは間違いなく長次だろうから確認するまでもないそれを省き、真っ先に彼の心配をする。少なくとも庇われた一箇所は怪我をしているはずだ、自分の事ばかりで彼がどれほど怪我をしているか雷蔵はなにも知らない分余計不安が胸に広がる。
長次は雷蔵の言葉にぴたりと動きを止め、振り向こうともしない、いよいよおかしいと思った雷蔵は両手で埃まみれの床を這い、ひょいと長次の顔色を窺う。
しかし雷蔵の目に映ったのは長次の顔よりもむしろあぐらをかいたその両脚に乗せられた右手だった。
一応布を巻いているがその布からは血が染み出して真っ赤に濡れている、一つ一つの怪我で言えば一番酷い。長次の利き手である事がなおさら酷く思わせたのかもしれない。
「だっ!大丈夫ですか?!」
思わず口に付いた言葉だが大丈夫ではない事は確かだ、雷蔵は自分の怪我の箇所がきちんと応急処置されているのに気づき長次が自分を優先したのだと理解した。
「っ…!どうしてこんな…!」
苦渋を浮かべた顔で言いかけて雷蔵は口をつぐむ、先に応急処置をして貰った自分が彼を責めてもよいのだろうかと迷ったのだ。雷蔵はそのまま押し黙って長次の正面に回ると右手を奪い覆われていた赤い布を引き剥がす、血が皮膚にこびりついて固まったのか思ったより剥がれにくく、乱暴に引っ張っても長次が痛いだけだとそこから先はゆっくり丁寧に布を剥いでいった。
「……」
時間をかけて目の前に現れた惨状を見て雷蔵は素直に顔をしかめる、同時によく彼がこれを耐えていたなと感嘆した。
細い両刃の武器を思いきり握ったのだと解る四本の指の真ん中辺りと手のひらの中央を酷い裂傷が走る、血はその抉れた傷口から滲んでいるようだ、とりあえず止血をして別の、雷蔵が持っていた手ぬぐいを二つに裂いて一つはこびりついた血をふき取りはじめる、幸い雷蔵の怪我を処置するため長次が用意していた水が残っていたので肌についた血は容易に落ちた、ふき取る最中もさすがこれを我慢していたなだけあり長次は痛みを顔に浮かべる事はない。
出血は血をふき取っている間に大分収まった様で、あらかた綺麗になると醜い傷口がより鮮明に雷蔵の目に映った、それから目を背けること無く雷蔵は二つに裂いたもう一つで長次の右手を包んだ。
「――…?」
処置が終わっても長次の手を離さない雷蔵を不思議に思ったらしい、雷蔵もそれに気づき長次と目を合わせた。
「…この怪我は、僕を庇ってできたんですね?」
「……」
長次は答えない、つまり図星だと言うことだ、雷蔵は長次のよって視界の殆どを塞がれていたが耳で何が起こったかはある程度解っていた、雷蔵は眉を下げて悲しそうに目を潤ませる、それを見てさすがに慌てたのか長次は空いている左手で雷蔵の頭を撫ぜた。
それはいつも委員会で後輩を褒めるときのもので雷蔵もこれまでに何度も撫でてもらった事がある、暖かい手のひらだ。
「すみません…」
庇われたことに加え自分を優先された事とこうして気を使われた事も雷蔵にとっては申し訳なく思う一因だった。これほど手を煩わせる自分とどうして組むことに賛成したのか雷蔵はふと不思議に思う。

「…先輩はどうして僕と組んでくださったんですか?」
疑問を言葉にすると不思議な事に次から次へと疑惑が頭によぎる。
「まだ誰とも組んでいなかったからですか?それでも断る事もできたはずです」
溢れた疑惑は留まる所を知らずに長次へぶつけられる、最初から自分に関わらなければ、と遠まわしの八つ当たりなのかもしれない。
ぎゅうと握った長次の右手は明らかに先ほどより熱い、怪我が元で熱を持ちはじめたのだ。だが長次は苦しそうな表情は一切見せず――元々表情には出ないほうだが――雷蔵をじっと見下ろす、やや困惑が窺えたがうつむいている雷蔵はそれに気づけない。
まさか同じ委員会のよしみで断れなかったのではないかと溢れそうになるものを堪えて歯を食いしばる。
「例えば三郎は全てにおいて天才的だし、八左ヱ門は悪く言えば向こう見ずですが何事も恐れない度胸がある、兵助は努力家で積み重ねているものの量と質が桁違いです…それなのにどうして…」
――僕と組んでくれたんですか――そのまま黙り込んでしまった雷蔵を見て長次はやや強引に左手で彼の顔を上げる。長次と違い感情がすぐ表情に表れる雷蔵は、やはり長次が思った通り不安に押しつぶされそうな顔をしていた。予想しやすいがなるべくなら、見たくはない表情だ。
「俺は逆にお前の、人の利点がすぐに言えるところを良いと思う」
「う…」
目が合ったことにより雷蔵は更に表情を歪ませ長次の目から逃げようとする、しかし長次はそれを許さず雷蔵の唇に口付けた。突然の事に離れたあとも雷蔵は唖然と、長次の目論見どおり彼から視線を逸らさないでいた。
「不破が好きで…他のヤツに任せたくないからだ」
「―――…」
シンプルな、しかし強引な意思も露な告白に雷蔵はそう見られていたのかと混乱しながらも頭の隅で冷静に考える。
不思議と、その好意が嫌ではなかった。
「……」
長次の無言の眼差しが何を言わんとしているのか知っている、雷蔵はどう思っているのかと言う返事だ。
それまで何も考えた事のなかった雷蔵は慌てて頭を回転させて長次をどう思っているのか考える、その場しのぎの言葉は長い間同じ委員会として接している彼に通用しないのは解っていたし答えたくなかった。
「…よく、考えた事はありませんでした、でも今、先輩にそう恋われて嫌だとは思いませんでした、むしろ嬉しい…です」
語尾を断定しようか迷って自然と言いきってしまった、つまりそれが無意識にはじき出された自分の答えなのだ、雷蔵は自分に言い聞かせるように強くうなづく。
「嬉しいです」
憧れていた。その年齢の割にがっしりとした体躯や忍としての高い技術、そして本を扱うときの繊細な様子も全て。
もし回りに親しい誰かがいればあまりにも早計で、その場に流され過ぎやしないかと止めたかもしれないが、幸か不幸か二人きりだったので雷蔵は迷う要因となりやすい余計な思考を省くことが出来た。
思わず微笑むと流石に単純すぎるかと雷蔵はすぐに真顔に戻る、しかし長次は表に出ないまでも満足そうに雷蔵の頭を再度撫ぜる。
「不破」
そのたった二文字が長次の想いの丈を全て表してるように感じた。いつもとは重みの違う自分の名を反芻し雷蔵は再び真顔をやんわりと崩す。
雷蔵を撫ぜていた手はするりと頬へ移動し、長次の顔が雷蔵に近づく、雷蔵は無意識に長次の右手を掴んでいた両手に力を込めた。
再び合わせられた先ほどより深く口付け舌を絡め取られる、時折合間を盗んでは苦しそうに呼吸をし、その絡められた動きに必死になってついていこうとする雷蔵を更に追い詰めるように唾液を貪る。
いつの間にか押し倒されるが天井は長次に遮られて見えない。その間も唇を塞がれ首筋や手など肌が露出した部分を長次の手がぞぞ、と這う。
さすがに雷蔵が驚いて体を強張らせるとそれに気づいたのか、それとも実習の最中だからなのか、長次は雷蔵から名残惜しそうに離れそうっと耳元に囁きかけた。

「続きは、また今度」

深く浸透したその音はいつまでも雷蔵の耳にこびりついて離れなかった。









一言
もとりさまからキリリクの「はじめての夜」です。もとりさまは優しいので「はじめてはどんな意味でもオッケーです!」とおっしゃってくださったので甘えさせていただきました…「初めての(二人で実習に赴いた)夜」と言うことでいっいかがでしたでしょう??(とんでもない上げ足取りだ!)
中在家先輩の言う「続き」が気になる方は…頑張ってください!
タイトルはエリダヌス座の星の名前、意味は「月の光」です。えー…アカマル、と読みます、ジャソプ??(笑)
殺さないのは原作で殺さないからです;;なんというか…原作ではとっ捕まえる程度なのでこれくらいでも躊躇ってしまう…いやむしろこの程度の方が殺してしまうよりえぐいかも…;;



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