恋っていう事。



高台に立ちながら、下を見下ろしていた。
木々に囲まれた小さな町は山の斜面に沿って作られている、ここがその町の最上階だ。
長閑な眺めを見せるためか住宅よりは商店がまばらにあり、あとは公園になっている。
天気は快晴、久しぶりだとぼんやりその風景を眺めていた。

旅を続け、束の間の休息をこんな所でのんびり何もせず潰しているのもいいのかもしれない。
高台の塀にもたれながらリースは呼吸だけをする。
高いところは自分の原風景にもある所為かとても落ち着く、見下ろすのも見上げるのも好きだ。
そして空と地の間をぼんやり見ているのも好きだ。

リースの傍には誰もいない、リースが仲間を振り切ってきたからだ。
(…戻りにくい…)
それは二時間ほど前に遡る。



「ねーリースは好きな人いるの?」
買い物途中の他愛ない恋愛の話の矛先はいつの間にかリースになっていた。
その日は全員で急遽この町でのんびり過ごす事になり、女の子組は三人そろって買い物に出たのだ。
旅には必要のない服やアクセサリを巡るうち、アンジェラが恋の話を始めたのだ、そういった事に疎いリースはそれに乗るシャルロットにもついていけず黙って聞き手に徹するしかなかった。
アンジェラの言葉はきっとそんな頷いてばかりいるリースに気を使っての事だったのだろう、しかし気を使われても話せる事は何もない。


…はずだった。


長い旅が続き、彼女等に心を開いていた事、疲れていたのも相俟って、リースは思わず頷いたのだ。
驚いたのは微笑みながら「いいえ」と首をかしげるのを予想していたアンジェラとシャルロットであった。
「ええええぇ〜?!」
「リッ…リース?本当なの?!」
慌てふためく二人を見てうなづいてしまった事をリースはすぐに後悔した、しかしそれを取り消すにはあまりにも遅い。
「だっ…だれ?だれでちか?!」
真相に迫ろうとシャルロットが詰め寄り、アンジェラも頷く、
「パーティ内?!そうよね?他にいないもんね?!」
確かにアンジェラの指摘どおり仲間以外リースの恋愛対象となる異性は極端に少ない。だから自然と絞り込まれてしまうのだ。
「アンジェラしゃん、ここは冷静に考えるでち…!」
「そ、そうねシャルロット」
どうにかつきとめようと躍起になっている。
「じゃーおねーさんとしてあたしが一人で聞くから、シャルロットはどこかで暇をつぶしてて?」
「なっ…!一人だけずるいでち!!」
「あとで教えるから!!」
二人のやり取りはとても年相応には見えないとはリースもあえて言わない。
結局、アンジェラの説得に飲まれたシャルロットは渋々と二人から離れる、行き先は恐らく女の子向けの雑貨屋辺りだろう。案の定、二人を見張るためかすぐ傍の店の中に入って行った、窓越しに商品を見つつ抜かりなくこちらも見ている。

シャルロットもいなくなり、賑やかな広場にリースとアンジェラは二人になる、シャルロットに後で文句を言われないようになるべくその場から離れないように座れる場所を探し、歩道の脇にある花壇の淵に陣取った。二人の背には綺麗に咲き誇っている色とりどりのパンジーが並ぶ。
「だいたい予想はついてるんだ」
「え…」
アンジェラの自信ある言葉にリースは戸惑う、そんなリースをアンジェラは確信めいた眼で見た。


「…デュランでしょ?」


「……」
リースが沈黙なのはそれが当たっているからだ、そのリアクションにアンジェラもやっぱりね、と納得する。
「…バレバレですか…」
半ば諦めたようにリースはアンジェラに問いかける、照れているのか視線はアンジェラに合わせない。
「んー解りにくいけど、解ったら納得する」
「そうですか…」
恋らしい恋はした事がない、だから相手をどう思えばよいのかも結局自己流になってしまうリースの場合、デュランへの対応は「信頼ある戦士」そのものだった、幼い頃からアマゾネスとして戦闘訓練を積んできたリースにとっての愛情表現はこれしかないのだ。
「バトル中は真っ先にデュランに頼るのに全然離れっぱなしだし…」
それは彼の腕を信用してその場を任せているからに過ぎない。
「それ以外になると途端いつの間にか隣にいるし…」
それはリースも気になっていた、どうしてだか自分でも解らないがいつの間にかデュランの傍に行っているのだ、無意識とは恐ろしい。
「で、あたしは『もしかして…?』って思って疑っていたら結構納得する行動してんのよねー」
「…そうですか」
そこまでリースを見ているアンジェラの観察力は侮れない、いや、観察力に加えて女心と言うのもがあるのだろう。

「デュランかーそっかー」
自分の予想が当たった事にアンジェラは満足そうだ、これで終わったとリースは内心ほっとするが、それでは済まなかった。
「うん、大丈夫よ、さっさと告白しちゃえ!!」
「…は…?」
アンジェラの突拍子のない言葉にリースは理解できずに絶句してしまう。その絶句振りに気づかずにアンジェラは更にまくし立てる。
「アドバイスならしてあげるし、もしなんならシャルのやつにも黙っててあげるわよ?」
なるべくなら知られたくないのでシャルロットに黙っていてもらえる事だけはありがたい。
「…お願いします」
「やた!そう来なくちゃ!!」
シャルロットへの漏洩を懇願してからアドバイスも了承してしまった事にリースは気づく、このままではアンジェラの思うがままだ。

慌ててこの場を逃げようとしたい一心でリースは咄嗟に立ち上がった、
「あの…失礼します…!!」
明らかな逃げだが、それで逃がすアンジェラではない、「どこ行くの」と言いながらリースの後を追うが、元々リースの方が足が速い上体力もあるので容易く引き離し、逃げる事に成功した。




そうしてこの高台に来て二時間である、太陽が動いているのも解ってしまったし、お土産屋さんから奇異な目で見られているのもわかっている。だが、戻りたくとも気まずくて戻れないのだ。
「…どうしましょうか…」
長く何度目か解らないため息をついてリースは一人項垂れる。

確かにアンジェラの指摘どおりデュランの事は好ましいと思っている。きっかけはなんだったか覚えてはいないがとにかく小さないろんな事が積み重なった結果がこうなっただけのような気もする。
一緒にいる瞬間がとても嬉しいのだ、同時に心休まらないがそれが心地良くもある。はじめはわからなかったがこれが人を好きになる事だと知って戸惑った事もある。



旅が終われば別れだ、それも、解っている。



また、溜息をつきながら青い空を眺める、ここの所天気は崩れがちであまりこんな空を見ていなかったので新鮮だ。
いい加減、二時間だ、二時間も立てばきっとアンジェラもこれ以上かき回される事を望んでいないと解ってくれるだろう、たとえそうでなくとも避ければよい、とにかく戻りたい一心で必死に戻る理由を考えていたが、それでも尚戻る気にはなれなかった、この景色に見とれている所為もあるのかもしれない。

「…戻りましょう…」
あとはどうにでもなれと自棄になり、高台に背を向けた瞬間だった、見覚えのある人間が黙ってリースの目の前に立っている。
ほんの五メートルの先、茶色い髪に街中だからと軽装でいるのは紛れもなくデュランだ。
「え…あ…」
驚きすぎて声が出ない、見ていたのだろうか、ずっと?
「探したぞ」
「…な…」
なんで?とも言葉に出来なかった、彼が肩で息を切らして今まで走り回っていたことを証明している。
「アンジェラが駆け込んできた、『リースが買い物中に強盗に遭って、その人質になった』って…」
嘘も甚だしいが、この自分の行動がアンジェラに逆手に取られたことも悔しい、彼女の方が恋愛に関しては一枚も二枚も上手だったようである。
「怪我は?」
リースに近づき、無造作に腕を取る、普段はなんでもないが今のように問題の人間にそんな行動をとられれば戸惑うのは明らかだ。
「え、あ…それは…」
「ないみたいだな、良かった…」
リースに怪我がないとわかるとデュランはほっとしたように笑った。デュランが笑うのは滅多に拝めない、これは異常だとリースはこの状況を疑う。

「しかし…どうやって逃げてきたんだ?」
デュランは実直な性格を発揮し、アンジェラの言葉をまるまる鵜呑みにしている、いくら慌てていてもこれだけは訂正しなくてはならない。
「それは…アンジェラさんの嘘です」
「はぁ?!嘘?!なんでそんな必要があるんだよ?!」
騙されたと知ったデュランはアンジェラに対して激昂するが、まぁこれに関してはいつもの事である。
「いえ…一人で歩きたかったんで別行動をしていたんですが…多分探すのが面倒だったんでしょう」
まさか本当の事は言えない、リースはとっさに嘘をついてデュランを信じ込ませようとする。これもよくある事だ。デュランは決して馬鹿ではないが言いくるめやすい。
「ああ、アイツならやりそうだ…」
どうやらこれも信じてくれたらしい。リースはとりあえずは大丈夫だと安心していると、デュランが手を差し伸べた。
「え…?」
リースがきょとんとしているとデュランは強引にリースの手を引いた。
「戻るぞ、とにかく探し出してつれてくるって言ってるからな」
繋いだ手はごつごつと硬い、今まで戦ってきた戦士の手だ。だが、人の温かさが篭っている。その温かさに触れ、リースはデュランにわからないように微笑む。




  どうかこの瞬間が限りなく幸せなものでありますように






  そうしてたくさんの幸せに囲まれますように


















これの背景にもなっている日記絵を描いて
連想しました。
なんかもう赤裸々って感じ。(ェ)

開き直れば話は早い。







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送