闇月3−01





『君といつまでも』








きっかけは、些細な事だった。



「あ、ココからの景色きれいだね〜」
月夜の森を珍しく二人で散歩していると、ルナが突然あらぬ方向を見て指をさす。
丁度月がかかり、下には小さな池がその姿をさかさまに映し出している。
その様子を見てシェイドは軽く頷いた。
「…そうだな」
「ねぇ!月影が出来てる!!」
シェイドの頷きと同時にルナは新たに発見した、月によってできた自分たちの陰を指差す、確かに今は雲も切れ、きれいな月光が射してより影がはっきりと現れている。
「…そうだな」
遠くで狼の遠吠えが聞こえる、おそらく獣人族の誰かの声なのだろう。ルナは静かに耳を澄ませ、それがどこから聞こえているか確かめようとしている。
「うーん、キングダムの方じゃないよね」
「…そうだな」
「あ!銀の女神像の辺りだね!」
「…そうだな」
シェイドの頷きにルナは困ったように彼の顔を見ようと見上げる、シェイドの表情は相変わらず無表情のそれだった。
ルナは思わず、どうしてこの人はこうも詰らなさそうに隣にいてくれるのだろうと素直に言葉にしてしまった。



「…ねぇ、つまんない?」

「?」
ルナの声色が変わった事に気づいてシェイドもルナと目を合わせるが、ルナは辛そうな表情で彼から目を逸らした。
「だって…無表情だし…さっきからずっと『そうだな』の一言だし…」
自分が今、言っている言葉はシェイドを傷つけているのだと思いながらも彼女は言葉を紡ぐのをやめられなかった。


「つまんないならそう言ってもいいんだよ?!だったらわたしも無理にお散歩に誘ったりしないし、振り回したりしないし」
そうなのだ、いつも自分ひとりが舞い上がって、一人より二人でいられる楽しさばかり考えて、向こうの事などお構いなしに振り回していた、
それを罪悪と思った事は無いが、シェイドにしては迷惑だったのかもしれない。迷惑じゃないと思っていたかったが、それも無理そうだ。


今も、ルナの言葉に答える事無くただじっと見つめている、困っているようでもない。
困らない、という事はまさにそのとおり、つまらなかったのかもしれない、そう思うと悔しさがこみ上げてきた。
「ほらぁ!こんなに言われても黙ってる!その通りなんだ!!迷惑だったんだ!!」
こんなひどい事を言いたかったわけじゃない、でも、自然と口にしてしまっていた、訂正は叶わない。
だいたい、怒鳴るなんて自分らしくもない。

「――っ…!」

居たたまれなくなったのは自分が先だった。
踵を返してその場を去る。きっと振り返ればじっと立ったままの彼がまだ無表情でいるのだろう、だから、振り返らなかった。

振り返るのが怖かった。




「あ、こんなトコにおった」
ルナがきれいだと褒め称えた逆さまの月を破って出てきたのは水の乙女、ウンディーネ、また暇だったから遊びにきたのだ。
「やーいつもみたいに塔の近くにでたら誰もおらへんのーもー探したわぁ〜」
よっこいしょ、と言いながらウンディーネは水辺に座るが、後ろにいるはずのシェイドの反応がない。
おかしいと思い振り返るとシェイドは西側を向いたまま唖然としている。


ウンディーネもそちらをみやるが、そこには森の闇が広がるばかりで何もない。
「…シェイド?」
魂が抜けたような、ひやりとする表情にウンディーネは首をかしげる。
「どないしたん?腹壊したん?」
「…いいや…」
短く、そう答えると、彼はそれまで見ていたほうと反対側、東側に向かって歩き出した。
一人、ぽつんと残された彼女は西を東を交互に見てから溜息をつく。
「こりゃールナちゃんになんかあったか聞かんとなぁ」
面倒くさいことになってなければいいが。


そんな彼女の期待は裏切られる。


ウンディーネが探し始めて間もなくルナがしょんぼりと一人でしゃがみ込んでいるのを発見した、その様子からみて彼らに何が起こったのか察したウンディーネは面倒くさい事になったと自分の予想通りの展開に溜息をつき、気を取り直して彼女に近づく。


なるべく明るく。
「ルーナちゃん!遊びに来たでぇ」
「…ウンディー…ネ」
泣き腫らした目のまま、ルナは目の前にいるウンディーネに抱きつく、ウンディーネはよしよしとルナを抱きしめ返した。
「どっ…どうしよう…シェイドにね…シェイドに酷い事言っちゃった…」
泣きながら彼女はウンディーネが聞きださずともそれまでの話を始める。
ウンディーネはいつも仲良しでいた彼らがこんな風に些細な事で喧嘩をしてしまうのがいささか信じられなかったが、ここまで性格の違う彼らが仲良くしていた事だって十分信じられない事なのだ、それを考えれば喧嘩をして当たり前なのかもしれない。
「そか、よしよし、うちの胸でたんと泣き」
「うっ…わぁぁぁぁぁん!」
ウンディーネの言葉にルナは堰を切ったように泣き出す。



謝りに行こか?

一通り泣き終えたルナに提案する、しかしルナは首を横に振って拒否した。
「なんで?」
「……本当に、迷惑だったかもしれない…怖いよ…」
思ったより、喧嘩は長引きそうである。



月読みの塔、最上階屋上、そこに彼女はいつもどおり月光を浴びていた。そこへふわりと風に乗ってジンが舞い降りてきた。
「ウンディーネから聞いたダスーシェイドと喧嘩したって」
心配そうに膝立ちになり視線を合わせるジンとぼんやり突っ立っているルナの身長はさほど変わらない。どうやら今日は長身サイズでいるようだ。


「喧嘩…じゃないもん」
「そうなんダスか?」
聞き返すジンの言葉にルナは涙目で頷く、さすが、いつもおしゃべりなノームの世間話の相手になってる所為か聞き上手だ。
「だって…わたしが一方的に避けてるだけだもん」
「なんで避けるダスかー!ダメダス!余計に気まずくなるダス!」
「わっ…わかってるよーでも、怖いんだもん…」
あの日以来、ルナはシェイドを極端といっていいほど避けていた。
元々一人だったのだから別に支障をきたすことは無い、人間のように一緒に食事を摂るわけでもないのだ。
それこそ、ルナが引っ張りまわして一人でも別にかまわないことをわざわざ二人で行動していただけなのだから。


初めてシェイドがココを住処にした頃、一人でいたのが二人に増えた事が嬉しくて、ルナは大人しいシェイドを連れまわしていた、何かと彼を頼りにしてた。
かといってシェイドに意思がないわけではなく、自分で悪いと思った事ははっきりとルナに伝えていたし、ルナの支えにもなってくれていた。


「じゃ、手紙を書くダス!それをオイラがシェイドまで届けるダスー」
「……いい」
手紙、と言う手段さえも恐ろしい、とにかく、彼の答えを聞くのが怖いのだ、困らせていたのが本当であれば…



そんな事、するつもりでいたわけじゃなかった。


向こうも楽しいのだと、信じてた。


でも、きっと困らせたのだ。


きっと、そうなのだ。


「そうダスかー…」
そうしてしょんぼりと「じゃ、他にも寄ってくる場所があるダスー」とまた風に乗って去ってしまった。
また、一人になったルナは溜息をつく、こうして日一日が過ぎていくたび、余計に謝りにくく、会い難くなっているのはわかっているのだ、だが、じぶんでも意地になってる所があるのかもしれない、彼に会いたいと、思わないのだ。
もう、月光を浴びて力を蓄える気になどなれない、しゃがみ込んで顔をうずめ、月の光さえも拒絶する。







「…ごめんなさい…」














そして誰にともなく、呟いた。















  



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