火水光金―02






「アウラ?ウンディーネに何言ったんスか?」
書斎に入ってすぐ、ウィスプは奥でたたずんでいるアウラに問いかける、心なしか責めているような口調だ。
だがアウラはそれをものともせずに彼を見て短く言った。
「本当の事を言っただけ」
ウィスプに「本当の事」などわかるはずもなく、納得いかない表情のままアウラの傍にトレイを置いて座った、アウラもそれに続く。
「もー『水と話がしたいから少し待って』って言うから待ってたのに…」
ウンディーネのお土産を広げながらウィスプは呟く、アウラは広げられた茶菓子を一つつまんでウィスプへ質問を投げた。
「闇と、触れ合う事ができる?」
「?触れるって事?そりゃーできるッスよ」
彼も茶菓子を頬張りながら答えた。
「なんでそんなこと聞くッスか?」
「…水と火の事」
「ああ…不思議ッスよね」
どうやらウィスプも彼らの触れ合えない関係に疑問を持っていたらしい。
「ぼくは、彼らが触れ合えないのは物質的なものを司って対極に位置してるからだと思ってるッス」
「でも、わたしの世界の二人は触れ合えてた」
ウィスプが予測していた原因を明らかにすると、アウラは食い下がった、しかもこちらの世界では信じられない理由で。
「うそ…じゃなんで…」
彼らは触れ合う事ができないのだろう?
「わたしも知りたい」

ああ、こうして率直に述べて彼女を泣かせたのだな、とウンディーネが泣いて出て行った理由を知ったウィスプは今度会ったら謝っておこうともう一つ茶菓子を口にした。





『ユメデアイマショウ』






一人、迷宮に戻る、
ウチの本拠地氷壁の迷宮。ひんやりと冷たい空気が身体を包んで、泣いて火照った身体を静める。
水が水のまま存在できないほど冷え切った世界はやっぱり静かで淋しい。
せやから普段は寝に戻る位であんまりここで過ごす事は無い。
思えばこんな早くに戻るなんて久しぶりやなぁ、なんて思う暇すらなく、うちは寝床にうつぶせにダイブする。
ああ、なんでこんな涙腺緩いんやろ?
一度緩んだらもう止まらないとばかりにぼろぼろと涙が溢れ出す。

ふと、よぎったのはいまのうちみたいに泣いてた月の精霊。


いいなぁ、大好きな人に触れられて。

…いいなぁ…すがれる誰かがおって。

「――…っ…」

涙は流れた途端に凍って落ちて、そして迷宮がさらに広がった。

『こわく、ないよ?』

「?!」

顔を上げると目の前にはうち…うち?なんで??

『怖がらないで』

いや、怖いし。アンタ誰?

『触れ合う事、怖がらないで』

ああ、そっちか、てことはこれは夢やな。

『…意気地なし』

ああん?なんやてぇ?!
ぼそっとなんか言うたやろ今ぁ!!
人ぉ見下してぇ!!
自分に喧嘩売るかぁ普通!

『壁を越えた所に欲しいものはあるんだよ』

…自分…?
あれ?うちあんなしゃべりせんよな…??

『それを怖がっていつまでも越えようとしないで…意気地なし』

あ!また言うた!!また!!

「こンの…ええかげんにせぇよ!」

殴りかかろうと思て構えたら彼女は消えて現れたのは見慣れたいつもの風景。
うちの部屋。
「あ…れ…?」
やっぱ夢やったんや、なんか狸に化かされた気分…
でも…夢の言葉が本当なら…
壁ってなんのことやろ?それを越えれば欲しいもの…うちの欲しいもの…?

「――」

答えなんてわからん、けど、とにかく向かえば解るはず!
そう思って真っ先に向かったのはもちろんサラのトコ。
会う約束はしてへんけど、でも会えばなにかわかるかも思て急いで水の流れに乗った。
サラが住む火炎の谷にうちは近づけへんからオアシスの村ディーンへ出る。
ディーンはやっぱ暑くて暑くて敵わない。
これからどうして彼と連絡を取ろうと思ったら、見慣れた姿を見る。
「サラ!?」
「ウンディーネ?!」
お互い、待ち合わせもしてへんのになんでここにおるか不思議でしょうがない
「オレは買い物!サルタンに出るより近いんだよ」
ああ、そうやな、ここ、サラん家から一番近い町やしな、そりゃ日常で利用するわな。
「おまえは?遊びに来たのか?」
素直に質問されると…言いにくい。
「や…まぁ…」
そんなとこ、と言いかけて、やめた。それじゃ意味がない。

「話が、あってな」

「話ならいつもしてんだろー」
やつのこのおおらかと言うか何も考えておらん性格はうちやノームのムードメーカー気質と似とるけど少しちゃう。
はっきり言うてデリカシーがかなりない。
「あ、歯磨き粉買わねぇと」
そう言って、雑貨屋へ足を向ける。

…なぁ、うちら、本当に付き合っとるん?


「待…っ」
待って、と言いそになって咄嗟に手が伸びる、でも、思ったより彼は遠くへ行っとらんくて…

「え…?」

距離感を間違えてよろけて…


うち、一体…何に手をついて、何に支えられてるん?


「サ…ラ…?」


見上げるといつもよりずっと近い所にサラの顔があって、サラはすごくおどろいてうちを見下ろして…

うちの身体を支えていた。


「サラ…!」
触れ合ってるんやと、自覚した瞬間、うちはサラに飛びついた。
「え…どうなってるんだ…?」
サラはまだ混乱しとる、けど、うれしそや。
「いつもは触れたら…いや、近づいただけでもびりって電気が走ったみたいに拒絶反応がくるのに…」
そや、サラの言うとおりやった。でも…
「でも、平気やったな」
「ウンディーネ」
それまで混乱して宙に浮いとったサラの腕が伸びてうちの背中にまわる。
うわー信じられん、うちら触れ合って…抱き合っとる。
「え?本物、だよな??」
「当ったり前やん」
なおも疑ってるから…うん、まー買い物に出たらうちに偶然会って、いきなりうちらの触れられない壁をぶち壊されたんじゃ当たり前か。

あ、夢の「壁」ってこの壁か。で、欲しいんはサラ。

そうか…そっかぁ…


「離れたくないなぁ」
離れたら、また触れられなくなりそうやし。
「オレも、離れたくねぇ」
勿体無いもんな。



「ただの本人たちの意識」
「は?」
「…だと思うのよ」
書斎でいつもどおり本を読みながら、アウラは隣に陣取っているウィスプに話しかける、
ウィスプは何の事かといぶかしんだが、すぐに先ほどのウンディーネの事なのだと気づいた。
あれから彼女はずっとウンディーネとサラマンダーの拒絶反応について考えていたのかもしれないのだ。
すっと考えたその結論が今こうして口に出たのかとウィスプはアウラの言葉を脳内で反芻する。
「だって、わたしの世界では彼らは普通に触れ合えてた、でもこちらの世界ではそうはいっていない、わたし以外の精霊はどっちの世界も同じはずだからそんな違いがあるわけがない」
以前から聞いていたが、彼女の元いた世界とこの世界では彼女とルナの存在が違っているだけで他の精霊は同じだそうだ、なぜ彼女等だけが違う存在になったのか彼女ですらもわからない。
「どっちが正しいかと推論すると、仮に向こうの二人がその拒絶反応をもってるとして、そうしたら向こうはその拒絶を我慢しながら触れ合っているという事になる、でも拒絶反応は『拒絶』を本来の目的とするのだから耐えられる強さではない」
「ってことは向こうのウンディーネとサラマンダーに拒絶反応はないってことッスか」
いつの間にか読んでいた本にしおりを挟んで隅に置き、アウラと二人で推論する。
アウラはウィスプの言葉に頷いて話を続けた。
「そう、向こうもこちらも同じ存在なのだから、向こうの二人に拒絶反応がないということはこちらにもないという事」
「…じゃ、こっちの二人のあの拒絶反応はなんスか?」
ウィスプは二人の拒絶反応をよく理解していなかった頃、一度だけ彼らのその反応をこの目で見た事があった、それは雷に打たれたかのように身体をお互いに強張らせ、しばらく動けないでいた。あの時、彼らの体には動く事すら耐えられない痛みが走っていたのだろう。
あれが嘘だとはとても思えない、かといってアウラの言葉が正しければ、拒絶反応などありえないことになる。
「だから、それが本人たちの意識」
話が振り出しに戻ったが、振り出しじたい、彼女の結論なのだから仕方がない。
「こっちの二人って、お互い深層意識で相反する存在同士だって思い込んで、だからそんな拒絶反応がでちゃうんじゃないかなって」
「意識じゃ惹かれあってるのに無意識で拒絶してたってことッスかぁ?!」
ウィスプは距離感も関係無しに素っ頓狂な声を張り上げてアウラを見上げる、アウラは少し驚いたようだったが、そのウィスプの憶測にも頷いた。
「そうとしか、考えられない、その可能性が一番ありえるんだから」
アウラの言うとおり、そうであればすべて納得のいく理由になる、自分で推測をしておきながら信じられない事にウィスプは肩を落とした。
「それじゃ今まで悩んでた二人が可哀想だよ…」
お互い、好き合っていたのに触れ合えなかった彼ら、その心境を思えば思うほど心が苦しくなってくる、心優しいほかの仲間たちもきっとそうだろう。
「でも、その無意識を乗り越えられればきっとそれ以上に幸せになれると思う」

そうして微笑んだ彼女は穏やかで、いつものあの無表情さからは想像つかないその顔を、ウィスプは記憶の片隅に押し留めてしまいこんだ。
何故だか、大切に仕舞いこんでおきたい笑顔だった。












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コメント

闇月の喧嘩に巻き込まれた精霊たちシリーズです。
一つの噺に対してつい別キャラ視点からも書きたくなってしまいます。
以降、サラとウンディーネはちょっとづつ訓練してお互い触れられるようになるんですよvがんばれ。

…ついでですが。
うちの火水は見かけは大人、中身は子供、光金は見かけは子供、中身は大人と言う正反対ラヴヴァーズです。
野生派と知性派とも言う。



  


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